「定年して時間はたっぷりあるし…… 何か有意義なことに時間を使いたい」

…そう考えて歴史や古典の勉強を始める方も多いようです。歴史は人間ドラマの宝庫であり、とにかく面白いものです。

それも多くは、極限まで追い込まれた、ギリギリの場面での人間ドラマですから、これが面白くならないはずは、ありません。

また歴史の面白さは、ある年齢になると熱が冷めてしまうような類の面白さでなく、死ぬまで興味深く学べるものです。

むしろ自分が年を重ね、さまざまな経験や喜怒哀楽を重ねているからこそ、歴史上の人物に共感できたり、その凄みが実感できることも、あるでしょう。

たとえば、伊能忠敬が日本地図を作った時、何歳だったか知っていますか?


http://roudoku-data.sakura.ne.jp/mailvoice/HeianInfo1N.mp3

「ええっ…!その年で!」

と驚かれるのではないでしょうか。年を重ねるほどに、歴史を学ぶ味わいが増してくるのは、いろいろな経験が積み重なるにつれて、歴史上の人物に共感したり、いかにその事績がモノすごいか、実感できるということが、あると思います。

しかし、学校の歴史の授業が、おもしろくてしょうがなかった、という方はまれでしょう。あれは無味乾燥なガマン大会のたぐいで…

むしろ学校を出てから自分で本を読んだり、歴史にかかわる場所を訪ねている内に

「ああ、こんなに歴史は面白かったのか!
なんでこれを学校で教えてくれなかったんだよ!」

そう思われる方が多いのではないでしょうか。

そして、こうも思うのではないでしょうか?

「わが子や、わが孫に、歴史に興味を持てるような入口を与えてやりたい」と。

私左大臣光永は、現在インターネットで古典・歴史の解説音声を販売する「左大臣プロジェクト」を主催し、また、講演を頼まれれば、日本全国、どこへでも出かけて話します(ぜひ呼んでください)。先日は長野県の玉泉寺という所で、川中島合戦の話をしてきました。

まさに、歴史の「語り」を専業としているわけですが…最初に歴史に興味を持ったきっかけを掘り下げていくと、子供時代の記憶に行き着きます。

わが子や、わが孫に歴史に興味を持たせたいという方には、今日の話は必ず、得るところのある話ですので、ぜひお聴きください。


http://roudoku-data.sakura.ne.jp/mailvoice/HeianInfo1.mp3

「永井博士のデスマスク」

という話です。

小学生の頃、私は長崎に住んでいました。長崎は出島とか、坂本龍馬の亀山社中跡とか、歴史的な見どころが多いです。それで、担任の先生が放課後、長崎のいろいろな歴史的な場所を希望者に案内してくれていました。

かなり変わった先生でした。

「美」という概念にとてもこだわりを持っていました。なんでも「美」で判断する先生でした。たとえば蓑虫がぶら下がっているのを見ても、「あっ、あの蓑虫は美しい。ぶらさがりっぷりが、ただ者じゃない。形になってる…」とか。

イタズラをして、怒られる時も、「あっ、今の謝り方は美しかった!えらい!」そんな感じで、謝り方が美しいと、かえって褒められました。

「人生は美の追及である」

それが、先生のモットーでした。

だから、歴史を語るときもふつうと違っていて、歴史をすべて「美」という観点から語ろうとします。

ある日、「君達に最高に美しい人生を見せてやろう」と、いつものように希望者をつのってバスに乗って出かけました。そこで、小さな庵っていうか、小屋ですね。二畳一間の、外目に、なんだこのホッタテ小屋はって感じの、そういう所へ、案内してくれました。

「中をのぞいてみなさい」先生がそう言うので、私をふくむ小学生10人程度がガラス窓から二畳一間の中を覗くと、最初、何があるか、よくわかりませんでした。

マリア像があって、その向こうに祭壇のような、台のようなものがあり、その上に白い物体が置いてあるのです。

「げえっ」

それが何かわかった時、小学生の私は声を上げました。石膏でかたどった、人間の顔です。デスマスクです。

デスマスク…石膏で、人が死んだ時の顔をかたどったものです。そんなん不気味じゃないですか。げえって思いますよね。

当時『犬神家の一族』っていう映画がはやっていて、白いマスクをつけた「スケキヨ」という不気味な男が出てきたので、まっさきに思い浮かんだのはスケキヨのイメージです。「うわーっ、スケキヨだ、スケキヨだあー」大騒ぎです。小学生ですから。しかし、そこで先生が説明してくれました。

永井隆博士は、原爆投下直後の長崎にあって、原爆症患者の看病のために活躍された。ついには自分も原爆症にかかるが、「これで原爆症の研究が進みます」と喜ばれた。晩年は衰弱しきって、この二畳一間の部屋で生活されていたが、ついに43歳の若さで亡くなった。

文学者としても有名で、『長崎の鐘』はサトウハチロー作詞で歌謡曲にもなった。熱心なカトリック信者で、この庵を名付けて「如己堂」というのは、「己の如く人を愛せよ」という聖書の言葉に基づくものであると…

ワアワア言っていた小学生も、いつしか先生の話に聞き入っていました。そして先生は「美しい人生だねえ」としみじみ言うのです。その時の先生の「語り」は、30年以上経った現在でも忘れず残っています。

もう一つ印象に残っているのは、

二十六聖人殉教地です。

二十六聖人とは、豊臣秀吉のよって迫害され殉教した二十六人のカトリック信者たちです。長崎の二十六聖人殉教地は港を見下ろす小高い丘の上にあり、はりつけになっている二十六人カトリック信者のレリーフがあります。

これも、美しいから、ぜひ見るべきだと、先生が生徒を引き連れていったのです。

二十六人の、殉教者の像がズラリとレリーフになっており、中には子供もおり、皆が手をあわせて祈って、一種神々しい感じです。しかし、よ〜く見ると、ある違和感に気付きます。

ほとんどの殉教者が手をあわせている中、二人だけが両手を天に向け、目をふせています。先生が説明されました。

「二人だけが違うポーズをしてますね。この二人は熱心なカトリック信徒で、殺される直前まで説教をやめませんでした。だから、正面に立つと、こっちにすっと見て、説教しているように見える。また、二人だけ違うボーズをつけることによって動きに変化が生まれ、像としての美しさが増すんです。美しい像だねえ。ほんとうに美しいねえ」

殉教の像を前に、こういう過ちは繰り返してはいけないとか道徳的なことを説くのではなく、ひたすら美しい、美しいというのも教育としてどうか?とも思いますが、そんなことを、先生はしみじみ語られるのでした。

その後、二十六聖人の歴史も、その場所のこともすっかり私は忘れてしまいましたが、その先生の独特の「語り」だけは、30年以上経った今も鮮明に覚えています。

「語り」による歴史の伝達

そもそも歴史とは、もともと文字によって伝達される以前に、声によって語り伝えられるものでした。『古事記』は稗田阿礼という記憶力のばつぐんにすぐれた役人が暗記していた物語を文字に起こしたものと言われています。

『平家物語』が、盲目の琵琶法師によって語られるものであったことは、よく知られていますね。

江戸時代の庶民は源義経や楠正成の活躍を、軍談や講談を通して知っていたのです。漢字も読めない庶民がです。「声」による歴史の伝達。文字以上に強いインパクトで記憶に刻まれるのです。

あなたもどこかの観光地や名所に行って、案内板を読んだけどサッパリ頭に入らなかったけど、ガイドさんの説明を聞いたら「ああ、そうなのか」スッ頭に入ってきた…という経験がないでしょうか?人の声は、文字とはくらべものにならないインパクトで記憶に刻まれるんです。

学校の授業だったそうです。21世紀の現在でさえ、先生が教壇に立っていちいち講義しているじゃないですか。本来は入学式の日に三年ぶん教科書をわたして「これ、おぼえておきなさい。じゃ、次は三年後。卒業式で」それで、いいはずです。それで東大合格だって可能です。しかし…現実にはそうはいかないですよね。やはり、生きた先生が直接教えないと、頭に入らないんです。

それは人間の声というものが、直接、人が人に語り掛けるということが、記憶を作る上で、何か重要な役割があるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか?

さらば満州鉄道

私の祖父は、九州佐賀の、けっこう大きなお屋敷の出身なんですが、敷地内に蔵がありました。祖父が中学生の時、蔵の中を探検していると、すごいものを発見しました。箱いっぱいの、古い小判です。

「これを元手に一山当てよう」

そう考えた祖父は古物商に小判を売り払うと、当時でけっこうな金になったので、そのまま家出して、単身満州にわたり、運送会社を開きます。

満州鉄道が主要な駅まで運んできた荷物を、各配達先まで届けるという仕事です。かなり儲かったらしいですが、ちょうど日本に帰省していた時に終戦になり、今から取りに戻るのは危険だということで、資産はすべて満州におきっぱなしになり、戦後は裸一貫からやり直しになりました。

祖父が、遠い目をして語っていました。満州のザーーーーッとどこまでも広がる荒野を、馬にまたがって駆けて行った、その爽快だったことを、なつかしいなあ。あれは最高だったなあと。時にはこう、ズアッとものすごい刀を持った山賊みたいな連中に囲まれたり、三国志の英雄豪傑みたいな世界もあり、危険も多かったようですが、それも含めて懐かしく語るのです…

しかし私は直接祖父からその話を聞いたのではありません。私の母が繰り返し、おじいちゃんが若い頃、こうだったんだよ、という話をしてくれたのです。

私が中学生の時は祖父は亡くなり、あまり話をする機会はなかったのですが、母の話を通して、私は満州について祖父がしみじみと懐かしく語っている様子を、うっすらと目を細めている様子も、思い浮かぶのです。

まさに語りによる歴史の伝達とは、こういうことじゃないでしょうか。親から子へ、子からまたその子へ、語りによって、歴史が伝えられていく…なんか、壮大なロマンを、感じないでしょうか?

伝える

歴史の勉強が面白い、といっても、自分一人だけでいくら知識をため込んでも、あまり意味が無いような気がします。そこに「伝える」ということが加わらなければ。

私はもともと学者肌というか、誰からも相手にされなくても知識欲だけで淡々と研究を進めるほうですが、講演を頼まれたり、メルマガに感想をいただいたりする中、だんだん考えが変わってきました。「人に伝える」ということに、意味があるんじゃないかと。

ひたすら一人で知識をためこむのではなく、子や、孫に、次の世代に伝えていく。一人でどんな高邁な、深い知識を持っているよりも、ごく簡単な、一般教養的な知識であっても、それを、わかりやすく整理して、魂をこめて伝える。そこには、意義があると思います。

だから私は子供はいませんが、この音声は、小学校高学年くらいの息子に語り聞かせるつもりで語りました。

これを聞いて、あなた自身の知識とするだけでなく、ぜひ人にも語ってほしいです。それは奥さんでも、子供さんでも、お孫さんでも。たとえばテレビの歴史番組を見ている時、横からウンチクを語ってみる。旅先で、その場所のゆらいを説明する。そんなことでも、いいじゃないですか。

記憶があいまいでも、多少間違っていても、身近な人が生の声で語ってくれるところに、ぬくもりがあります。愛情があります。ずーーっと後まで記憶に残るんです。

そして人に語るということは、自分自身の知識の整理にもなります。人に語って、アウトプットして、はじめて知識が脳に定着するものです。だから人に語るのは、自分自身の勉強という意味でも、トクなんです。そのための、元ネタとしてもこの商品を使っていただければ、幸いです。

今回の「平安京と藤原氏の繁栄」篇では、

長岡京遷都・平安京遷都から藤原氏による摂関政治の全盛期を経て白河上皇による院政が始まる直前まで、約300年間の歴史を語ります。

奈良の都を後にした桓武天皇が長岡京に、ついで平安京に遷都。都の造営をおし進めていた頃、

東北では30年以上にわたる蝦夷との戦争が続き族長アテルイの知略に将軍坂上田村麻呂が苦戦していました。

最澄と空海は中国から新時代にふさわしい最新の仏教をもたらし、嵯峨天皇は天皇親政により天皇家の地位を高めます。

藤原氏は、応天門の変・承和の変などの事件を通し、敵対勢力を次々と排除。藤原良房は人臣初の摂政に就任。その養子・基経は史上初の関白に就任。

これら良房・基経二代において、やがて訪れる摂関家全盛期のいしずえが築きます。

菅原道真は宇多天皇に重く用いられますが、やがて藤原氏と対立し、無実の罪を得て大宰府に流されます。

平将門の乱。藤原純友の乱。

関東と瀬戸内海で勃発した武士による反乱は、やがて訪れる武士の時代を予感させるものでした。

一方、「寛和の変」によって一条天皇を即位させた藤原氏は、いよいよその勢いを増し、藤原兼家、その子藤原道長の代に至り、その勢いは頂点に達します。

藤原氏の豊かな財力のもと、都では絢爛豪華な文化が花開き、清少納言、紫式部、和泉式部といった女流文学者たちがあらわれました。

一方で庶民は貧しい暮らしにあえぎ、九州では、壱岐・対馬の住人が謎の武装集団に虐殺されという事件が起こっていました。

そして関東で勃発する平忠常の乱、東北での二度の合戦、前九年の役、後三年の役を経て、時代は確実に武士の時代へ向かいつつありました。

…こうした、盛りだくさんの内容で語っています。

各章ごとに10分程度に短く話を区切り、わかりやすく語っていますので、気軽に聴くことができ、楽しみながら歴史の知識が身につきます。全体では5時間以上のボリュームですが、一話一話は10分程度の話で完結していますので、気軽に聴くことができます。

平安京と藤原氏の繁栄 収録内容

桓武天皇の即位と長岡京(784年)
平安京遷都(一)長岡京から平安京へ(794年)
平安京遷都(二)千年の都
アテルイと坂上田村麻呂(一)巣伏の戦い(788年)
アテルイと坂上田村麻呂(二)第二次・第三次征討(794年・801年)
最澄と空海(一)最澄、比叡山へ
最澄と空海(二)天台宗のはじまり
最澄と空海(三)空海の帰還
最澄と空海(四)決裂
薬子の変(平城太政天皇の変)(810年)
承和の変(842年)
勢いをのばす藤原良房
応天門の変(866年)
藤原基経 関白太政大臣に就任
阿衡事件(887年)
菅原道真の左遷(903年)
平将門の乱(承平の乱)(935年)
藤原純友の乱(天慶の乱)(939年)
寛和の変(986年)
藤原道長の栄華(1016年)
清少納言と紫式部
刀伊の入寇(1019年)
平忠常の乱(1028年)
前九年の役(1051〜1062年)(一)安倍氏の叛乱
前九年の役(1051〜1062年)(二)安倍貞任と源頼義
前九年の役(1051〜1062年)(三)清原氏の参戦
後三条天皇の改革(1068年)
後三年の役(1083〜1087年)(一)八幡太郎義家
後三年の役(1083〜1087年)(二)新羅三郎義光の着任
後三年の役(1083〜1087年)(三)八幡太郎義家と孫子の兵法
後三年の役(1083〜1087年)(四)金沢の柵の戦い

全5.1時間

価格:3000円(税込)






もしくはメルマガに直接返信してください。件名はそのままで、お名前とご住所を書いて直接返信してください。折り返し、お支払方法をお送りします。

そして、

あわせて発売中です。

「聴いて・わかる日本の歴史〜飛鳥・奈良」も、あわせて発売中です。蘇我馬子や聖徳太子の時代から乙巳の変・大化の改新を経て、壬申の乱までの飛鳥時代篇。そして奈良時代篇では長屋王の変。聖武天皇の大仏建立。鑑真和尚の来日、藤原仲麻呂の乱。と歴史の流れに沿って語っています。今回発売します「平安京と藤原氏の繁栄」とあわせて聴いていただくと、歴史の流れが、いっそう頭に入るようになっています。

≫「聴いて・わかる日本の歴史〜飛鳥・奈良」のお申込みはこちら(価格 3000円)。

語り部 左大臣光永



左大臣プロジェクト運営委員会代表。日本でただ一人、古典・歴史の「語り」を個人で専業事業として行っている。メールマガジン「左大臣の古典・歴史の名場面」は読者数17000人。楽しく躍動感あふれる語りで好評をはくす。平成23年パナソニック映像(株)の社内セミナーで「おくのほそ道」の講演。東京都教育委員会の学習コンテンツシステムにて『平家物語』、『論語』、漢詩の朗読を担当。平成24年4月から9月までTAMA市民大学TCCで「はじめての『平家物語』」講演。以後、「百人一首の歌人たち」「松尾芭蕉とその時代」「語り継ぐ日本神話」「飛鳥・奈良の歴史を歩く」「鎌倉と源氏三代の栄光」講演。マリエッタ(株)スマートフォン用アプリ「華麗なる百人一首」で朗詠音声担当。三省堂(株)学校教科書の副読本付属CDで古典や漢詩の朗読担当。平成25年、広島県海の見える杜美術館にて菅原道真のナレーション担当。平成26年4月、舞台劇『東方麗人抄』脚本・朗詠担当。9月、滋賀県大津市「第10回木曽義仲・巴ら全国連携大津大会」で木曽義仲の講演。平成27年3月長野県玉泉寺で川中島合戦の講演

よくある質問

●スマートフォンで聴けますか?
聴けます。ただしパソコンから転送する必要があるので、パソコンが必要です。パソコン無しでスマートフォンのみではお聴きになれません。またiPhoneで聴くには、iTunesで音声データをパソコンからiPhoneに転送する必要があります。iTunesはapple社が無料配布している音楽管理ソフトです。iTunesはアップルの公式サイトでダウンロードできます。

●CDプレイヤーで聴けますか?
聴けません。本製品は、パソコン用CD-ROMです。音楽用CDプレイヤーでは再生できません。ご希望であればCD版でお送りしておりますので、備考欄にその旨お書きくださるか、メールにて「CD版希望」とご連絡ください。

●時間はどれくらいですか?
約5時間です。

●テキストはついていますか?
html形式のテキストファイルが付属しています。

●本はついていますか?
本はついていません。

●支払い方法は?
銀行振込、代金引換、クレジット決済、コンビニ決済をご用意しています。あるいはメルマガに直接返信してください。件名はそのままで、お名前とご住所を書いて直接返信してください。折り返し、お支払方法をお送りします。

●何日くらいで手元に届きますか?
3-4日から1週間程度でお届けします。1週間経ってもとどかない場合、途中何らかの郵送トラブルが発生した可能性がございますので、infor【アット】sirdaizine.comまでご連絡ください。


価格:3000円(税込)






もしくはメルマガに直接返信してください。件名はそのままで、お名前とご住所を書いて直接返信してください。折り返し、お支払方法をお送りします。

いただいたお便りより

知識の吸収のみならず、胃の腑にグイっとしみこむ活力となります。

左大臣光永様

大変ご無沙汰しております。
わたくしは後期高齢の歴史好き老人ですが、いつも先生のメール
マガジンを楽しみに拝読(拝聴)しております。
歴史の名場面を切り取り朗々とした音声で解説いただけることは
知識の吸収のみならず、胃の腑にグイっとしみこみ活力となって
おります。
これだけの密度の高いお仕事をなされれる先生のエネルギー
にも感服しております。今後とも歴史の中にうずもれた興味深いい話
(場面)をお聞かせいただけることを期待しております。

わたくしは特に平安時代の「歌」に関心を持ちいろいろと調べて
おりますが、特に女性歌人の生きざまに関心を持っております。
このたび先生の大作「百人一首徹底解説」を是非とも冥土の土産に
読破しようと考え注文をさせていただきました。
今後ともよろしくご指導のほどお願い申し上げます。

相模原市 K.N.さま

子供のころにこういう教材に出会っていたら

京都在住の還暦過ぎた勤労老人です。歴史の名場面シリーズを毎週楽しく拝聴しています。

最近、ひょんな事からはまりつつある小倉百人一首がらみでネットで歴史上のある出来事を調べていたのですが、そのウェブサイトの文章の語り口が左大臣さんに似ているなあ、なんて思いながら読んでいました。そして最後まで読み終え署名を見ると…やはりそうか! 貴左大臣光永さんの解説でした。いろんな形でいろんなところで様々な語りを配信しておられるのですね。こういう面白いことに没頭して生きていらっしゃることが何ともうらやましい限りです。

歴史を扱っている事で何かと横やりが入ったりもするようですね。うるさいのがいますからね、歴史ってやつは。しかし老婆心ながら恐縮なのですが、どうか自信をお持ちになって左大臣さんのこのスタイルを貫いて欲しいと願っています。文句なしに面白いですから。私は少年時代、歴史が大の苦手でしたが、子供のころにこういう教材に出会っていたら間違いなく歴史大好き少年になっていたでしょう。

ちなみに小倉百人一首。左大臣さんもご自身がその昔、「何なんだこれは」と、その底知れない奥深さに驚いたとどこかで語っておられたように思います。私は恥ずかしながらこの歳になって「何なんだこれは」状態に陥っている次第です。

というわけで、個人的なリクエストは当面やはり百人一首でしょうか。私が生きているうちに左大臣さんを京都にお招きして語って頂くような事が出来ればどんなに楽しいだろうかなんて想像してしまいます。多摩の住人がうらやましいですね。

さらなるご健闘を心よりお祈りします。

京都市 K.H.さま

歴史の名場面語り ありがとうございます

左大臣光永 様

いつも元気をいただける歴史の名場面語り ありがとうございます。
興味深く拝聴させていただいております。

このたびは、小生の居住地域である美濃に縁深い“京都と鎌倉”の語りと勉強の会を開催されるとのこと、なによりで興味深いことでございます。

ご案内では、次回講演会は梶原景季や西行法師が登場するお話で、奥州藤原氏との関連のお話や鎌倉源氏の歴史をたどる興味深々の歴史探索講演会になるのかと想いをめぐらせ、光永様の臨場感あふれる楽しい講演会なのだろうなどと推察をいたしております。

当方は岐阜県の濃尾平野の西北端地に居住しております。それ故に、東都に上ることも最近はなかなか叶わなくなってしまいました。残念なことです。が、氏のオノマトペを交えた表現豊かにして洞察ある日本の史誌を探る東西文化の見聞が深まる講義紹介のメールマガジンの配信は楽しく有難くいただいております。

Y.K.さま

高校時代習った枕草子の中で…

詩歌については全く暗いのですが、歴史が好きなので、高校時代習った枕草子の中で、誰かが、香炉峰の雪は、と言って簾を上げるシーンや、徒然草の中の、目的を果たしたと勘違いして、さっさと帰ってしまった愉快な法師など、よく覚えています。また、賀茂真淵でしたか、和歌をますらをぶり、たをやめぶりと区別する二元論的見解は、今でも見事だと感心しています。 前者の代表は、籠を背負った少女に語り掛ける雄略天皇の歌でしょうか。名前のとうり、幾分粗野で大雑把なイメージの人物像。 一方後者の代表は、何と言っても、忍れど色に出りけりわが恋は、になりますかね。

あわただしい日常から抜け出せてゆっくりした気分に浸れます。

いつもメルマガを有難うございます。
かれこれ1年あまりメルマガを頂いて時々読ませてもらってます。
なかなかゆっくりと聴くこともないのですが、時々疲れた時に朗読を聞くと、
あわただしい日常から束の間抜け出せてゆっくりとした気分に浸れます。
メルマガの説明もわかりやすく、歴史を知る上にも興味があります。
朗読の際にはその光景を思い浮かべる上で背景となった景色の写真などあればより楽
しめるかもしれませんが、
準備するのが大変でしょうね。
矛盾の多いビジネスや政治から遠ざかって、昔の日本の生活の一端に触れられるだけ
でも精神衛生に良いと思っています。
出来れば日本の古典を多く紹介してもらう方が個人的には興味あります。
今後とも是非続けて欲しいと思います。

耳に響く心地よさで、全く苦痛を感じません

いつも様々な朗読の数々、心よりお礼申し上げます。
古典は、タイトルは知っていても、読んでなかったり
忘れて定かじゃないものが多く、本当に勉強になります。

勉強というと苦痛も伴う感じですが、光永さんの朗読は、
耳に響く心地よさで、全く苦痛を感じません。
それどころか、もっと知りたい思いに駆られます。
語る人の思い入れと技術が、これ程の効果をもたらすことに、
心底、驚嘆しています。これからもお元気でご活躍下さい。

このような形で歴史が勉強でき、ありがたいことです。

左大臣様

私の関心を持つ「乙巳の変」(大化の改新)は、これまで様々な文献で読んでおりますが、このようなかたちで先生の朗朗としたお声で拝聴すると、まさに自分がその場にいてことの顛末を髣髴としてイメージすることができ、大変勉強になりました。このようなかたちで歴史を勉強できることは誠にありがたいことです。

ぜひこの音声を聴いて、ご自分一人で知識をたくわえるのではなく、まわりの人に語ってみてください。お子さんや、お孫さんや、奥様に。たとえばドライブに行った時、これから訪ねる場所の歴史ウンチクを語ってみるとか。記憶があいまいでも、多少間違っていても、身近な人が生の声で語ってくれるところに、ぬくもりがあります。ずーーっと後まで記憶に残るんです。そのための、元ネタとしても使っていただければ、幸いです。

本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうございました。


価格:3000円(税込)






もしくはメルマガに直接返信してください。件名はそのままで、お名前とご住所を書いて直接返信してください。折り返し、お支払方法をお送りします。


特定商取引法上の表記 と プライバシーポリシー