こんにちは。左大臣光永です。

本日は新商品のご案内をさせていただきます。
「百人一首 全首・全歌人 徹底解説」です。

この商品は、百人一首のすべての歌、すべての歌人(作者)に
ついて、さまざまなエピソードをまじえながら、楽しく、わかりやすく、
そして徹底して詳しく解説したCD-ROMです。

中身はテキストpdfファイル 1ファイル、
音声mp3ファイル 202ファイルから成り、

テキストpdfは全249ページ、
音声は11時間23分の大ボリュームです。

音声ファイルは各歌ごとに分かれていますので、通して聴くことも
好きな歌だけ聴くこともできます。

特に歌の作者(歌人)の経歴やエピソードを詳しく語っているので、
歌人たちに親しみをおぼえ、より具体的なイメージがわき、
歌の内容もおぼえやすくなるはずです。

  • 百人一首かぁ子供の頃、家族でやったなぁ…という方
  • 前は覚えていたけど、今はあやしい。また覚えなおしたいという方
  • 今、子供(孫)が学校で習っている。これを機会に私も覚えなおそう、という方

また、

  • 名所や旧跡をめぐっての歴史探訪の旅が好きな方
  • 短歌や俳句を作られる方

こうした方々におすすめの商品です。

旅のはじまりは…

たとえば嵯峨の大覚寺。

嵯峨 大覚寺
嵯峨 大覚寺

そのほとりにある、広大な
大沢の池。

大沢の池
大沢の池

大沢の池の北の藪の中には、
大納言藤原公任(ふじわらのきんとう)ゆかりの「なこその滝」の
石組みの跡が、ひっそりと残っています。

滝の音は絶えて久しくなりぬれど
名こそ流れてなほ聞こえけれ

名こその滝 石組の跡
名こその滝 石組の跡

(滝の音はずっと昔に絶えてしまったが、
その滝の評判はずっと残り、今日まで聞こえている)

公任の歌に詠まれた「なこその滝」の跡は、
ほんとうに地味な草むらの中に、ぽつんと立っていて、
大覚寺を訪れる人でも、ここまで訪れる人はまれです。

名こその滝 案内版
名こその滝 案内版

その石組みの側に立って、つぶやいてください。公任の歌を。

滝の音は絶えて久しくなりぬれど
名こそ流れてなほ聞こえけれ

公任は清少納言とも親しく、当時最高の文化人でした。
「枕草子」の中でもっとも活躍する公達でもあります。
また「和漢朗詠集」を編纂したことでも知られています。

大覚寺は、もと嵯峨天皇の離宮があった所で、
昔はそこに滝があったようですが、公任の時代には、
すっかり枯れはてて、見る影もありませんでした。

「ああ…滝の音は絶えて久しいが…
その名ばかりは残って今日に伝わっているのだ」

滝の音は絶えて久しくなりぬれど
名こそ流れてなほ聞こえけれ

その時、枯れた滝のほとりに立った公任の感慨。
しみじみと想像しながら、現在の、大覚寺「なこその滝」石組跡で、
すっと目を閉じて、感慨にふけってみてください。

歌の心が、胸にせまるはずです。

このように、特に京都には、
百人一首の歌人たちの足跡が、あちこちに残っています。

歌人たちの息吹に、思いをはせながら、
ぶらぶら散策してみるのも、一興ではないでしょうか。

といっても…実は百人一首に京都市内の地名が詠み込まれた歌は
26番の小倉山、55番のなこその滝、98番ならの小川、

たった三首です。

しかも小倉山となこその滝は嵯峨野であり
ならの小川は上賀茂神社の境内を流れてる川ですから、
洛中を歌った歌は一首も無いんですね。

おそらく平安京は歌人たちにとって「日常」を送る場所であり、
少し都から離れないと、詩情がわかなかったのかもれしません。

しかし、たとえば歌人たちの館があった場所、
関連する歌、歌人たちが関わった歴史上の事件…

などまで手を広げていくと、
京都市内にも、歌人たちの足跡を多く見つけることができます。

道端に、意外な発見が…

次は、三条通りに向かいましょう。

三条通りは現在、レトロな建物が立ち並び、瀟洒な町並みです。
ぶらぶら歩いているだけでも楽しいです。

京都 三条通り
京都 三条通り

三条といえば25番三条右大臣

名にし負はば逢坂山のさねかずら
人に知られで来るよしもがな

作者は三条右大臣というくらいだから、
館が三条にあったんです。歌の意味は逢坂山のさねかづらを
人知れず手繰り寄せるように、あなたとこっそり会って、添い寝したい…
けっこう露骨に誘いをかけている歌です。

しかもさねかづらは、赤くて生々しくて、
見るからにまあ、いろいろ想像させるものがあります。
かなり露骨な…

エッチな歌です。

三条通りから東洞院通りに少し入り、
京都文化博物館裏手のマンションの入り口のところに、
ひっそりと立つ「高倉宮」の石碑が見えます。

高倉宮の碑
高倉宮の碑

高倉宮の碑
高倉宮の碑

なんの説明もなく、これだけでは、まったく意味がわかりませんが、
ここが、「高倉宮」といわれた以仁王の御所の跡です。

あの、打倒平家の令旨を出して、平家滅亡の最初のさきがけとなった、
後白河法皇第三皇子、以仁王です。

「なに!平家を倒す?
生意気な!ひっ捕らえよ!」

以仁王が打倒平家の令旨を発したことは、
すぐに六波羅の平清盛にばれてしまい、
清盛は、以仁王の御所に討手を差し向けます。

以仁王の御所は大騒ぎになります。

「たいへんです!ご令旨の件、
すでに六波羅に発覚ッ!」
「なに!バレたと!?」

以仁王は女装して御所から逃げ出します。

女房装束になった以仁王はわずかなお供をつれて、
高倉通りを北へ逃げ、近衛通りを東へ、鴨川を越え、
夜通し如意ケ岳を歩き続け、
翌朝早くに大津の三井寺に到着します。

しかし、その後奈良方面へ向かった以仁王は
平家方に討ち取られ、以仁王に荷担した源三位入道頼政は
平等院で自害することになります。

以仁王のご不幸な運命に思いをはせながら
高倉通りを北へ向かっていくと…

京都から奈良へ

なんと、ちょっと歩いた通りの角に
在原業平の館跡の碑が、立っているではないですか!

在原業平邸址
在原業平邸址

在原業平邸址
在原業平邸址

高倉宮址〜在原業平邸址
高倉宮址〜在原業平邸址

ここに在原業平の館が!

ちはやぶる神代も聞かず竜田川
からくれなゐに水くくるとは

(不思議が多かった神代の昔にも聞いたことはありません。
こんなふうに竜田川の水面に紅葉が真っ赤に映って、
まるでくくり染めにしたように見えるなんて)

つぶやいてください。口に出してください業平の歌を。
そして目を閉じると、まぶたの裏に、
絢爛豪華な、屏風絵に描かれた
竜田川が浮かび上がるんです!

すぐに竜田川を見に飛んでいきたくなります。
竜田川といえば、近くには斑鳩(いかるが)。聖徳太子。法隆寺。

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺。

斑鳩へ!

斑鳩
斑鳩

しかし…

今から向かっても夕方なので、
はやる気持をグッと抑え、今夜は京都に宿を取って、
朝早くから出かけることにしましょう…。

なぜ私は、百人一首を覚えたか?

ここらで、私が百人一首を覚えたきっかけについてお話します。

そろそろお気づきかと思いますが、今日の話は、

あなたと共に、旅をしているという 設定のもと、

お話しています。

なので、今、ホテルのロビーで、浴衣着て、
缶ビールなんか飲みながら語ってるんです。

あなたが向いにいて。

「そもそも、私が百人一首を覚えたのはですね…」

「ふんふん」(と、身を乗り出して、聴いてるかんじ)

私は
子供の頃家族でかるたをしていたとか、かるた部に入っていたとか…
残念ながら、そういうことは全くありません。

25歳の時、突然覚えました。

その頃、私は漫画家を目指しており、
ギャグ漫画家の野中英治先生のもとで
アシスタントとして働いていました。

といっても、アシスタントの仕事が毎日あるわけではないので、
ほかの日はさまざまなアルバイトをやっていました。

工事現場の作業員や清掃など、肉体労働ばかりです。

その中で、カメラの部品を作る
町工場での仕事は、一番楽でした。

「こんな楽なことで金がもらえるのか!」

嬉しくなりました。

椅子に座っての作業で、重い荷物を持つわけでもなく、
ややこしい人間関係も無いので、すごくありがたかったです。

詳しい仕事内容は忘れましたが(なにしろ15年前なので)、
ネジなどの小さな部品の、最終仕上げの段階で
回転している刃物に部品をキュッと押し付けて、
角をならすような仕事でした。面取りっていうやつです。

その作業を一日に何万個もやるんです。

キュッ、カチャ、キュッ、カチャ
キュッ、カチャ、キュッ、カチャ…

2時間ほど働いてみて、私はスルどくも、気付きました。

この仕事は、まったく頭を使わないと!

手だけ動かしてりゃ仕事になるんです。
キュッ、カチャ、キュッ、カチャとひたすら
材料を仕上げていけば、いいんです。

ならば、

手だけ動かしていれば社長に対して義理は立つ。
頭は別なことに使わないと、勿体ない。

この優秀な頭脳を、いたずらに遊ばせておくなんて、
人類にとっての損失だと、強く、思いました。

そこで思いついたことは、何かを、

暗記しながら、作業する。

ということです。

私は子供の頃から暗記が大好きで、
幼少時は恐竜図鑑を見て恐竜の名前を片っ端から暗記していきました。

特に、名前の響き的に好きだったのが、

コンプソグナトゥス。

ご存知でしょうかコンプソグナトゥスを。
だいぶ小さくて、集団でヒュンヒュン跳ねていくやつです。
ミニミニ恐竜みたいな感じで、かわいいです。

小学生の時は、「コミックボンボン」という雑誌に載っていた
「機動戦士ガンダム エースパイロット列伝」という読み物が
とてもカッコいい文章だったので、毎月、全文を暗記してました。

ライデン少佐は漆黒の宇宙へと出航していった──

新たなる戦闘空域が、
その闇の彼方で待ち構えているのだ……

こんな感じの、カッコいい文章に胸躍りました。

学生となってからは、もちろん年号暗記などが
大好きでした。また平家物語やおくのほそ道など、
古典は声に出して気持いいので、どんどん暗記していきました。

大学時代は司馬遼太郎さんの小説にはまり、
カッコいいと思った台詞はすべて暗記しました。

そういう背景があったので、
今回も、大好きな暗記に脳を使おうということになりました。

それも、ただ丸暗記するのではなく、
おぼえたことを元に仮定を立てたり、
理論を戦わせたり、いろいろ頭の中で遊べる題材が
いいと思いました。

そこで、百人一首ですよ。

なんとなく奥が深そうだし、
物語性が高いものだから、
漫画のネタになるかもしれないという
考えでした。

その日から、手は作業を行いながらも、
私の脳の中では、脳細胞がカッカと活動しはじめました。

小声で「秋の田の…かりほの庵の…」
繰り返し、繰り返しつぶやきいて、暗記していきます。

作業開始前にババーーッと下読みしておおざっぱに
覚えてしまい、一日の作業の中で、繰り返し、繰り返し
ぶつぶつ言いながら、脳に定着させていきます。

時々は本を取り出して、記憶をチェックします。
本に油がしみこんで油くさくなるのが難点でしたが。

「秋の田の」キュッ、カチャッ、
「かりほの庵の」キュッ、カチャッ、
「とまをあらみ」キュッ、カチャッ、

この、リズムです。機械がガーガー鳴ってるので、
多少声を出しても変に思われないことが、よかったです。

「秋の田の」キュッ、カチャッ、
「かりほの庵の」キュッ、カチャッ、
「とまをあらみ」キュッ、カチャッ、

繰り返し、繰り返しつぶやいているうちに、
さまざまな疑問や、ツッコミが、
頭の中にわきます。

「トマ」って何だよ。
「イオ」のアクセント、どっちだよ。
そもそも、なんで天皇が農民の歌を詠んでるんだ。

など、考えはじめると楽しいもので、
どんどん時間が過ぎていきました。

さっき作業が始まったと思うと
もう終了時間となり、あれっ、一日儲けたかんじ。
そんなことも多かったです。

「お前、楽しそうに仕事するなあ〜」

などと社長にも褒められ、いいことづくめでした。

奥の深さにびっくり

さらに、ただ丸暗記するではつまらないので、
私は百人一首について、さまざまな角度から勉強をはじめました。

歌の意味、関連する歌、
歌人の経歴、歌人同士のつながり。さまざまな説。

また大塚のかるた記念会館に出かけていき、
専門の読手さんの朗詠のリズムを聴いて、研究しました。

かるた記念大塚会館
かるた記念大塚会館

かるた記念大塚会館
かるた記念大塚会館

すぐに気付きました。

これは、恐ろしく奥が深い。
すさまじく奥深い世界だと。

何なんだ、これは。

汲めども汲めども底が尽きない泉のように、
この百人一首という歌集は、
いくら調べても、調べても、キリが無いではないですか!
どこまでも、奥が深いんです。

式子内親王の年齢

私はなんとなく、古典だから、古いものだから、
解釈もずーーっと固定された、
あまり動かないものだろうと思っていました。

しかし、そうではないんです。
年々、百人一首の研究は進んでいるんです。

新しい説が発表され、事実が発見されているんです。
「百人一首に暗号が隠されてる」なんて本も、
最近多く出てますね。

だから、ちょっと昔の解説書を
見るとぜんぜん違うことが書かれていたりします。

たとえば、式子内親王。

玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば
忍ぶることの弱りもぞする

(我が命よ、絶えるなら絶えてしまうがよい。
このまま生きながらえれば我慢ができなくなって、
内に秘めた思いを表に出してしまうかもしれないから)

「忍ぶ恋」という題で詠んだ歌です。
このまま生きているとこの恋心を隠すことができなくなる。
表に出してしまいそうだから、私の命よ。いっそ絶えてしまえ。

激しい恋の歌です。
そして、激しい中にも凛とした品位が漂います。

作者の式子内親王は、平家一門に対して
反旗をひるがえした以仁王の「妹」だと、長い間考えられていました。

しかし、昔の系図はまず男子をまとめて書き、
その後にまとめて女子を書くので、
男女入り混ぜて年齢順になっているわけではないんですね。

だから系図を見ても、男子と女子の年齢の上下は、
わかりません。

しかし近年、式子内親王の生まれた年を特定する
資料が見つかり、以仁王の「妹」ではなく「姉」であったことが
発見されました。だから、百人一首の解説本を見るときは
まっさきに89番式子内親王を見てください。

「生年未詳」とか「以仁王の妹」と書かれているものは、
古い書籍です。正しくは「1149年生まれ」「以仁王の姉」です。

「女性の年齢を詮索するなんて…
失礼ですわよっ!」

式子内親王のプイとふくれた顔も目に浮かんできそうですね。

…などと話しこんでいるしているうちに、夜も明けてしまいました。
京都駅の喫茶店でモーニングサービスを食べたら、

京都駅
京都駅

ちはやぶる神代もきかず竜田川
からくれなひに水くくるとは

昨夜石碑を見た在原業平の歌に導かれて、
さあ向かいましょう。

うるわしの、斑鳩へ!

斑鳩
斑鳩

拝観料1000円……ぐはっ!!

聖徳太子♪

法隆寺♪

法隆寺
法隆寺

斑鳩♪

竜田川♪

竜田川
竜田川

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺。

正岡子規の句を口ずさみながら、

南大門をくぐり…
法隆寺南大門

法隆寺南大門

五重塔。
法隆寺五重塔

金堂。
法隆寺金堂

大講堂。
法隆寺大講堂

広い境内を歩いていき…
法隆寺境内

夢殿に聖徳太子のおもかげを偲び、
法隆寺夢殿

しかしさすがに拝観料1000円はボッタクリやろと
ぶつぶつ言いつつ、法隆寺を後にして、ふたたびJR法隆寺駅に戻り、

JR法隆寺駅
JR法隆寺駅

ずーーっと西へ歩いていくと、
そこが竜田川です。ゆったりした流れに、ちろちろと、
せせらぎが、気持いいです(まあ、汚いドブ川ですが…)。

竜田川
竜田川

ちはやぶる神代もきかず竜田川
からくれなひに水くくるとは

二度、三度とつぶやく時、じわーーと感動がこみあげます。

この歌は単なる風景を詠んだ歌ではないとも言われ、
在原業平は若い頃に、藤原高子(ふじわらのたかいこ)が
清和天皇のもとに入内する前、
その高子に懸想して、恋仲だったことがあったといいます。

アハハ、ウフフと、
愛し合う二人。

しかし、高子たかいこは、
ああぁぁああぁぁ愛しい高子たかいこは!

清和天皇のもとに入内して、もはや二度と手の届かない、
遠い、御簾の向うの世界へ行ってしまいました…

屏風絵を見て詠んだと見せて、実は、いまだ忘れ得ない
高子への熱い恋心を詠んだのだ…一説にそんなことが言われています。

そんなロマンに思いを馳せながら…

さて、竜田川のほとりに見えてきた小高い丘。
わかりますか。あれ、
あれこそが、

三室山

です。

三室山 登り口
三室山 登り口

山というより小さな丘なんですが、
ちょっとした公園になっています。頂上には能因法師を
記念した五輪塔があり能因法師の供養塔と見られています。

三室山 能因法師の供養塔
三室山 能因法師の供養塔

ああ…ここに能因法師の魂が眠っているのだ。
しみじみ、感慨にふけりながら、

嵐吹く三室の山のもみぢ葉は
竜田の川の錦なりけり

次はもっと大きな声で、

眼下に流れる竜田川を
ながめながら、袈裟姿の、坊さんの格好をしている気分で、

嵐吹く〜〜三室の山の〜〜
もみぢ葉は〜〜〜
竜田の川の〜錦なりけり〜〜〜

三室山
三室山

気持いいです。響きが違います。
外で声を出すのは、最高です。
ぜひ一度、ためしてみてください。

大声は恥ずかしいという方は、
せめて小声でつぶやくだけでも、声を出してみてください。

三室山から竜田川をのぞむ
三室山から竜田川をのぞむ

自分が、歌の世界に迷い込んだような、
ワクワク感がこみ上げます。

あるいは、旅のパートナーがいるなら、
歌のことを解説してあげてください。

「この歌を詠んだ能因法師は、ハッタリの多い男で、
どうたらこうたら…」。

さらに、旅は楽しく、充実したものになり、
人に語ることで、あなたの記憶も、知識も、深まります。

宇治の川霧たえだえに

今度は京都方面に引き返し、宇治に寄ってみましょう。

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに
あらはれわたる瀬々の網代木

宇治川
宇治川

(夜が白々と明ける頃、宇治川にかかった川霧が所々途切れ、
その途切れた隙間から瀬々にわたされた網代木が
あちらでもこちらでも姿を現してくる)

藤原定頼の歌です。宇治川の川霧が、ぼんやりと煙っている中に、
その切れ目切れ目から姿をあらわす宇治川の網代木。

網代木とは、昔の宇治川の風物詩で、
川底に打った杭と杭の間に木や竹を編んだものを
渡して、魚を捕らえる仕掛けのことです。

どんなに、私は、この歌で、宇治川をイメージして
恋焦がれたことか、わかりません。

しかも、川霧を見るためには真冬の早朝に行かなくてはなりません。
なかなか、その機会はありませんでしたが、
今年の正月。ようやく「宇治の川霧」を見ることができました。

「ああ…これが宇治の川霧か」

涙が出ました。

ずっとイメージしてきた宇治の川霧を今、
目の前にしているという喜びに、胸が熱くなりました。

百人一首に出会っていなければ、私は
一生宇治に行く機会が、無かったかもしれません。

平等院の参道を、宇治茶の香りをかぎながら
歩くことも、無かったかもしれません。

お茶の「かんばやし」で、どうぞ飲んでいってください。
あっ、どうもいただきます。…ああ、いい香りですね。

そんなやり取りも、なかったでしょう。

また今年、宇治におすまいのメルマガ読者さまから
宇治茶の銘柄「喜撰」と「ちはやふる」を送っていただきました。

香り豊かに、いただきました。

こうしたことも、百人一首が運んでくれた縁です。

歌が、わずか三十一文字の言葉が、
人を旅に誘い、出会いを作り、感動を生む。
すごいじゃ、ないですか。
すばらしいじゃ、ないですか。

源頼政 自刃の地

宇治といえば、

平等院鳳凰堂
平等院鳳凰堂

平等院鳳凰堂が有名ですが、

以仁王とともに打倒平家に乗り出した
源三位入道頼政が討ち死にした
平等院入り口の「扇の芝」も見所です。

扇之芝
扇之芝

扇之芝 案内板
扇之芝 案内板

治承4年(1180年)5月26日。

以仁王に加担した源三位入道頼政は
宇治川で平家方に攻め立てられ、
平等院の門内に追い詰められます。

バカラッバカラッバラカッバカラッ

「そこなるは源三位入道殿とお見受けいたす!
お覚悟ーーーッ!!」

ガチーン!

頼政の次男兼綱が馬で駆けてきて、
刀をとめ、

「父上!お逃げください」
「か…兼綱!!」

兼綱が、
いやっ、でやっ、たー、父をかばって戦い
時間を稼いでいるところへ、

ひょうぅぅーーーー

飛んできた矢が

ぷすーーっ

兼綱の顔に突きささり、

「ぐはああっ」

よろめく兼綱。そこへ!

バカラバカラバカラ、

走ってきた平家方の新手が、
馬をならべて、

ドターー

と兼綱を引き落とすと、

兼綱は、顔に矢がささって痛手を負いながらも、
平家方をばっと取り抑え、ずぶっ、ずぶぶぶうぅと
首かっ切り、立ち上がろうとしたところに、

「取り押さえよ!!」

平家方の武者たち十四五騎、
いっせいに馬から飛び降り、次男兼綱を取り押さえ、
とうとう兼綱は首を取られてしまいます。

嫡子伊豆守仲綱も全身傷だらけになって戦い、ついに
平等院の観音堂のところで自害しました。

頼政は、70歳すぎて、次男と嫡男が目の前で
討たれるのを見て、どんな胸のうちだったか。

今日「扇の芝」とよばれる平等院の一角ですわりこんで、
渡辺長七唱(わたなべのちょうじつ となう)に
首をとらせようとします。

扇之芝
扇之芝

唱は太刀をジャキンと構えますが、

「で…できません!」

「…御自害くだされば、その後で
お首をいただきます」

「わかった」

頼政は西に向かい手を合わせ、高らかに念仏唱え、
歌を詠みます。

うもれ木の花咲くこともなかりしに
みのなる果てぞかなしかりける

私の生涯は土に埋もれたままのうもれ木のように
最後まで花咲くことはなかった。そのあげく、こうやって
むざむざと死んでいく。悲しいことだ。

ブスッと腹を掻っ切って、源頼政、
源三位入道頼政は、77年の生涯を閉じました。

源頼政の墓
源頼政の墓

みのなる果てぞ悲しかりける

つまり、私の生涯はなんの実もならなかった。
まったくの徒労であったと詠んでいるんです。

なんと悲しい歌でしょうか!

しかし、

頼政の生涯はこの歌のように、
なに一つ実りがなかったわけでは、ありませんでした。

頼政が遺したもの

頼政の娘が、百人一首に歌を採られた、

二条院讃岐にじょういんのさぬきです。

わが袖は潮干に見えぬ沖の石の
人こそ知らねかわく間もなし

(私の袖は涙に濡れて、まるで引き潮時にも海底深く沈んで
姿を見せない沖の石のようです。貴方はそんなこと知らないでしょうけど、
私の袖は涙に乾く間もないのですよ)

「石に寄する恋」

という珍しい題で詠まれた歌です。
恋愛感情を、石を例えとして表現したのものです。

作者二条院讃岐は打倒平家に乗り出して平等院の戦いで自害した
源三位入道頼政の娘で、はじめ二条天皇に、後に後鳥羽院のお后に
お仕えしました。

父頼政が討たれた後も宮中でまずい立場になるようなことは、
なかったようです。数々の歌合せに参加し、歌人としての
名声を上げました。

特にこの歌は評判がよく、以後

「沖の石の讃岐」

の異名を取りました。
なかなかカッコいい通り名ですね。「風の谷のナウシカ」みたいな。

ところで、讃岐の歌に詠まれた「沖の石」は
一般的な「沖の、石」ですが、後には歌枕になり、
なぜか宮城県の末の松山近くの池の中にある石が、
讃岐の歌に詠まれた「沖の石」だ、ということにされました。

歌枕には、このように、まず歌があって、
後から特定の場所が決められたものも多いんですね。

で、

末の松山といえば、
42番清原元輔が

契きなかた身に袖をしぼりつゝ
末の松山浪越さじとは

と歌に詠んでいますし、松尾芭蕉も『おくのほそ道』の旅で訪れています。

というわけで、

宇治から今度は東北へ、心はウキウキと、
新たな旅に誘われていくんです。

このように旅の行く先々でその土地、その土地の歴史的なもの、
詠まれた歌など知っておくと、旅がより豊かに、実り多いものになると思います。

その手助けともなるように、
この商品を開発いたしました。

歌から歌へ、歌人から歌人へ、
場所から場所へ、興味は広がり、知識はつながり、
あなたの旅を、生涯を、より充実した、実り多いものに、
歌は、必ず、変えてくれるはずです。

本製品は、

百人一首のすべての歌、すべての歌人(作者)に
ついて、さまざまなエピソードをまじえながら、楽しく、わかりやすく、
そして徹底して詳しく解説したCD-ROMです。

内容は音声mp3ファイルとテキストpdfファイルから成ります。

テキストpdfは全249ページ、
音声は11時間23分の大ボリュームです。

音声ファイルは各歌ごとに分かれているので、通して聴くことも
好きな歌だけ聴くこともできます。

特に歌の作者(歌人)の経歴やエピソードを詳しく語っているので、
歌人たちに親しみをおぼえ、より具体的なイメージがわき、
歌の内容もおぼえやすくなるはずです。

解説音声の内容は、一首ごとに
歌の朗読→現代語訳朗読→歌の解説→歌人の経歴→歌人のエピソード紹介→歌の朗詠

という流れです。短いものでは5-6分。
崇徳院や菅原道真のように長いものだと
20分程度です。

テキストpdfの内容は、一首ごとに
原文、現代語訳、語句解説、出典、決まり字、歌の解説、作者の経歴、作者のエピソード

となっています。

また、「朗詠」のみを取り出したファイル(序歌+全100首ぶん101ファイル)も
ありますので、これをパソコンでランダム再生すれば、実際の百人一首に
使えます。※この部分は、こちらのサイトで無料配布しています。

ipodやスマートフォンに移して聴いていただくことが可能です。
移動中や作業の合間のスキマ時間にもご利用ください。

  • 百人一首かぁ子供の頃、家族でやったなぁ…という方。
  • 前は覚えていたけど、今はあやしい。また覚えなおしたいという方。
  • 今、子供(孫)が学校で習っている。これを機会に私も覚えなおそう、という方

また、

  • 名所や旧跡をめぐっての歴史探訪の旅が好きな方
  • 短歌や俳句を作られる方

こうした方々におすすめの商品です。

また、以下のような特長があります。

立体的な知識が身につく

歌の詠まれた歴史的背景・歌人たちの経歴、歌人同士のつながり…
さまざまな面から語っていますので、
単に歌を「覚える」というレベルをはるかに超えて、
深く立体的な知識が身につきます。

歌人に親しみが持てる

歌人の人物紹介には特に力を入れていますので、いままで名前以外に
具体的なイメージがわかなかった百人一首の作者たちに、活き活きとした
イメージが備わり、古くからの友人のような親しみを覚えるはずです。
結果、歌のイメージも具体的になり、おぼえやすくなります。

旅に出たくなる

歌の舞台や歌人にゆかりの場所については、極力、具体的に解説しました。歌人の足跡を追って、歌の舞台となった場所を訪ねていきたくなるはずです。ガイドブックには載っていない、より深く、より心躍る、歴史探訪の旅へ、あなたをお導きします。

▼サンプル音声「菅原道真」▼

http://sirdaizne.com/mp3/Ogura100sample01.mp3

そして、

期間限定特典です。

講演録音「平安京 名士・名所案内」

7月21日までにお申込みいただいた方へ特典として、 講演録音「平安京 名士・名所案内」をお送りします。 2015年の5月に行われた同志社大学OB会での講演の録音です。

京都御所と今出川通り周辺の寺や神社を紹介しながら、 そこにまつわる歴史上の人物や事件について楽しく紹介したものです。

百人一首の作者、小野篁・紫式部・崇徳院・菅原道真についても語っています。 本編とあわせて聴くことで、歌と作者について、イメージがいっそう深まるはずです。 そして、実際にこの場所を歩いてみたいという、散策のきっかけにもなるはずです。

「平安京 名士・名所案内」 収録内容

●京都御所〜 新選組・禁門の変
●上御霊神社〜 平安京遷都と早良親王の怨霊
●六道珍皇寺〜 小野篁
●廬山寺〜 紫式部
●白峯神宮〜 崇徳院
●晴明神社〜 安倍晴明
●北野天満宮〜 菅原道真
●下賀茂神社〜 鴨長明

収録時間:約50分

7月21日までの期間限定特典です。お早目にどうぞ。

これらの音声を聴けば、あなたはすぐにも歴史の舞台となった場所、歌に詠まれた場所に訪ねていきたくなるはずです。また101人の歌人たちに、古くからの友人のような、なつかしさ、親しみをおぼえるはずです。

旅行ガイドには載っていない、より深く、わくわくする歴史探訪の旅へ、そして実り多い知的興奮に満ちた毎日へ、この商品は、あなたをいざないます。

解説・朗読・朗詠 左大臣光永

左大臣プロジェクト運営委員会代表・左大臣光永。主に古典や歴史の解説音声や朗読音声を販売しています。メールマガジン「左大臣の古典・歴史の名場面」は読者数1万3千人。楽しく歯切れのよい語りで好評をいただいています。

◆仕事履歴◆
平成23年パナソニック映像(株)の社内セミナーで「おくのほそ道」の講演。東京都教育委員会の学習コンテンツシステムにて『平家物語』、『論語』、漢詩の朗読を担当。平成24年4月〜9月TAMA市民大学TCCで「はじめての『平家物語』」講演。10月〜3月「百人一首の歌人たち」講演。4月〜「松尾芭蕉とその時代」講演。マリエッタ(株)スマートフォン用アプリ「華麗なる百人一首」で朗詠音声担当。三省堂(株)学校教科書の副読本付属CDで古典や漢詩の朗読担当。平成25年、広島県海の見える杜美術館にて菅原道真のナレーション担当。


価格:3600円(税込)






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