あまりにも有名な鴨長明「方丈記」の書き出し。昔学校でならったという方、 古典は苦手だがこの文章はシブくて好きだという方、いろいろだと思います。

『方丈記』の作者鴨長明は平安末期~鎌倉初期という混迷の時代を生きました。源平の争乱、火事や飢饉、地震などの天変地異。世の中が大きく揺れ動いた時代です。

社会をささえていた古い価値観が亡び、それに代わる新しい価値観はいまだ見出せない…そんな混迷の時代。どこか現在の日本に通じるものがあるのではないでしょうか。

下賀茂神社の神官の息子という恵まれた立場に生まれ、わずか七歳で従五位下という位に序せられ、将来を期待されていた長明。しかし父の死によって運命は急転。生活は苦しくなります。

希望していた神社の禰宜(長官)の地位につけなかったこと、また「こはごはしき心」と評されたガンコで偏屈な性格のせいもあり、長明は世をはかなんで出家隠遁します。

京都郊外の日野山に方丈(3メートル四方)の庵を結び、琵琶をかきならしたり子供と遊んだりという自由きままな暮らし。その隠遁生活の中『方丈記』は書かれました。

しかし、俗世間への未練を捨ててサッパリしたかというと全くそうではなく、仏道修行そっちのけで和歌や音楽に没頭したり、たまに都に出ると自分のみすぼらしい服装を恥じたり…。

最後には「このノンビリした暮らしに執着すること自体が、悟りへの道をはばむ妄念なのだ」と言って長明は筆を置きます。

悟ったようで悟りきれない。聖人君主を気取りつつも、けして聖人君主にはなれない、どこまで行っても中途半端な男の姿。長明のこの中途半端さは実に人間くさく、800年たった現在でも多くの人の共感を得ています。

挫折したエリートの人間くさいボヤキの声が、格調高い言葉の合間にきこえてくるようです。

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