江ノ島を歩く(二)

こんにちは。左大臣光永です。新しい週が始まりましたね。二月は時の流れが速いですが、しかし、二月が通りすぎるのをみすみす逃さしてはなりません。しっかり時間配分して、意義ある二月に、しましょう!

さて先日、「聴いて・わかる。日本の歴史~鎌倉と北条氏の興亡」を
発売しました。すでに多くのお買い上げいただき、ありがとうございます。
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しばらくこの商品に関連して鎌倉の話題をお届けしていきます。

本日は「江の島を歩く(二)」です。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

http://roudoku-data.sakura.ne.jp/mailvoice/Enoshima2.mp3

前回の「江の島を歩く(一)」とあわせて、お聴きください。
http://sirdaizine.com/travel/Enoshima1.html

奥津宮

お昼にしらす丼を食べた後、さらに参道を進んでいきます。見えてきました。宗像三女神の長女・多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)を祀る奥津宮(おくつのみや)です。



欽明天皇13年(552年)の創建と伝えられます。源頼朝寄進と伝えられる鳥居をくぐると、正面に拝殿があります。

拝殿の天井には、八方睨みの亀が描かれています。


どの方向から見てもこっちを睨んでいるように見えるので八方睨みの亀。江戸時代後期の絵師・酒井抱一(さかいほういつ)よって描かれました。しかし、原画は損傷がはげしいため、現在、江島神社宝殿に保管されています。ここにあるのは平成六年に模写されたものです。

境内右手には江戸後期の山田流筝曲の開祖・山田検校の像があります。山田検校は幼くして失明するも、筝曲を学び、後に山田流筝曲の開祖となりました。なぜここに銅像がかるかというと、山田検校の代表作に「江の島の曲」というものがあるからです。

龍宮(わだつみのみや)

奥津宮の隣には、龍宮(わだつみのみや)があります。


昔々、鎌倉の深沢山中の底なし沼に、五つの頭を持つ五頭龍(ごずりゅう)が住んでいました。五頭龍はたびたび村をおびやかし、村人は困っていました。

「子供をいけにえに持ってこい」
「そんな無茶な…」
「逆らうと、もっと村を壊しちゃうぞ」
「うう…」

村人は従うほかありませんでした。子供をいけにえに取られることから、この地を「子死越(こしごえ)」と呼ぶようになりました。

ところがある時、子死越方面の海に、黒雲が何日もたれこめ、

ぐわらぐわらぐわら

天地が激しくゆれ動いたかと思うと、ああっ、あれは何だ。あれは何だ。海の上にボコンと大きな島ができていました。これぞ、江の島です。

べべんべんべん、べんべんべん…

そして妖艶な、琵琶の音色が響いてくるのです。

「む?何だ?」

さしもの五頭龍も気になって島のほうを見ると、岬に美しい天女の姿がありました。

「なんと美しい!」

五頭龍は、一瞬で、心うばわれてしまいました。

「あの、私と仲良くなってください。お近づきになりましょうよ」

「なに、私と仲良く?残念ね。私、乱暴な方は嫌いなの。あなたとは、お付き合いできませんわ」
「乱暴者?とんでもない。私は、暴力は、大嫌いです。ほんとに、ぜんぜん、嫌いです。平和主義者です!」

こうして龍は改心して暴れなくなり、天女と結婚しました。この天女こそ姿を変えた弁天さまであった…というお話です。

ここ龍宮(わだつみのみや)には、この伝説にちなみ、勇ましい龍の像が鎮座しています。


芭蕉の句碑

これから稚児ケ淵に向かって階段が下りになります。いよいよ、島の反対側へ下りていくのです。




途中、芭蕉の句碑があります。


疑ふな 潮(うしお)の花も 浦の春

本来は、三重県の二見が浦を詠んだ句です。三重県の二見が浦は伊勢神宮の近くです。句の意味は、岩に砕け散る花のような潮も、この浦の春を彩り祝っている。この二見が浦の神である伊勢神宮の神徳を、疑ってはならない。ここでは江の島のこととして、句碑が立ててありますので、伊勢神宮を江の島弁財天に置き換えて理解すれば、いいでしょう。

稚児ヶ淵

島の西側の岩場は、稚児ヶ淵と呼ばれます。


昔、建長寺の修行僧・自休が、江の島へ百日参詣の帰り、一人の稚児を目にとめます。

「なんと美しい…」

件の稚児は、鎌倉鶴岡八幡宮寺・相承院で学問している白菊なる者でした。その日から、自休の心は悶々とかきたてられます。寝ても覚めても、白菊の顔が浮かぶのです。そうだ文を送ろう。文を送っても、返事はありませんでした。一方、白菊は、言い寄られて、困っていました。

「こんなことは、いけない…私の美しさが、あのお方を追い詰めているんだ」

ある夜、白菊は江の島に渡ります。

「もし、船頭さん、私を訪ねてくる人があれば、この扇子を渡してください」

扇子に二首の歌をしたためました。

白菊を忍ぶ里の人とはば 思い入り江の島とこたへよ

(白菊を訪ねて里の人が来たなら、思い尼って江の島の海に入水したと答えてください)

うきことを 思い入り江の島かげに すてる命は波の下草

(悲しいことを思いつめて江の島の島影に捨てる私の命。その命は波の下にはえていた草のように、はかないものでした)

ざぼん。

「白菊!白菊!」

これを後に知った自休が詠んだ歌、

白菊の 花のなさけのふかき海に ともに入り江の島ぞうれしき

白菊の心のように深いこの海に、ともに入水することの、なんと嬉しいこと

さぼん。

自休も後を追って飛び込んだという、悲しいお話の伝わる、ここ稚児ヶ淵には、

現在、釣りをする人、子供づれで散策する人、手を上に上げて何かパワーを受信している人…いろいろと、賑わっています。



ざぶんざぶんと打ち寄せる波。飛び交うカモメたち。いい感じです。



江の島岩屋

次に、見えてきました。江の島岩屋です。


約600年をかけて波に削られてできた海蝕洞窟です。弘法大師や日蓮聖人もここにこもって修行し、初代北条時政も、ここで子孫繁栄を祈ったと伝えられています。江ノ島弁天信仰の発祥地とされる場所です。

第一岩屋・第二岩屋という二つの岩屋に分かれます。入口で蝋燭を立てた木の燭台をわたされ、先を照らしながら歩いていきます。


冒険の感じがあって、楽しいです。特にお子さんには喜ばれると思います。


というわけで、二回に分けて江の島を歩きました。

次回は、鎌倉・小町大路を歩きます。

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聴いて・わかる。日本の歴史~鎌倉と北条氏の興亡
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三代将軍源実朝が暗殺されたことにより源氏の政権は途絶え、
以後、北条氏が権力をのばします。五代執権北条時頼、
八代執権北条時宗の時代を経て北条氏嫡流「得宗」家は、
いかに権力を拡大していったのか?

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本日も左大臣光永がお話しました。ありがとうございます。ありがとうございました。