源頼朝雌伏の地~伊豆 蛭ヶ小島を歩く

こんにちは。左大臣光永です。

京都の北野界隈を散歩していると、昔ながらの「町の模型屋さん」が残ってるので嬉しくなります。くすんだショーウィンドーに戦艦とか戦車のプラモデルが展示してあって、タバコ屋と一緒になっているような。

古いたたずまいでありながら、その一方で最新型のマスターグレードガンダムなども置いてあり、しっかり商売として成り立っている様子が、見ていて嬉しくなります。

さて本日は源頼朝雌伏の地・伊豆蛭ヶ小島を歩きます。

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平治元年(1159)の平治の乱に敗れた源義朝の子・源頼朝は、平清盛の前に引っ立てられますが、清盛の義理の母・池禅尼の温情で命は許され、伊豆蛭ヶ小島に流されます。

以後、頼朝は34歳まで20年間蛭ヶ小島で流人生活を送りました。その間、伊豆の豪族北条氏の娘・北条政子との結婚があるわけです。

時は流れ治承4年(1180)後白河法皇第三皇子・以仁王が全国の源氏に「平家を倒せ」と打倒平家の令旨(檄文)を届けると、源頼朝はこれに応じて、平家代官・山木兼隆の屋敷に討ち入ります。

折しも8月17日。三島大社の祭礼で、山木兼隆の郎党たちが出払っているスキを突いての襲撃でした。乱闘の末、頼朝方は山木兼隆の首を挙げ、全国の源氏に先駆けて打倒平家の旗揚げを果たしました。

というわけで。

源頼朝が二十年間雌伏していた、伊豆蛭ヶ小島を本日は歩きます。

蛭ヶ小島公園

伊豆箱根鉄道駿豆(すんず)線・韮山駅下車。


東に歩いていきます。田園風景の向こうに伊豆の山々が、いい形に見えます。



地面に北条早雲や源頼朝の説明がパネルにしてあって、素晴らしいです。歴史を学びながら歩くことができます。


着きました。蛭ヶ島公園です。

若き日の源頼朝・北条政子の像です。素朴で、若々しい希望にあふれた感じです。



公園脇にある蛭ヶ島茶屋で食事していきました。


表のベンチでは尺八を演奏しており、店の一角では折り紙教室が開かれていて、子供たちは外で元気に遊び駆け回り、微笑ましいひとときでした。

北条早雲 韮山城跡

蛭ヶ島公園を後に、韮山城跡に向かいます。韮山城は北条早雲が伊豆支配の拠点とした城です。

韮山中学校脇の細い道を通って龍城山(りゅうじょうざん)に登っていきます。


やがてこんもり土地が盛り上がり、いかにも城跡らしい所に来ました。



このあたりが北条早雲が築いた韮山城跡です。

北条早雲が小田原城を奪取(時期は不明)してからは、後北条氏の本城は小田原城に移りますが、韮山城は小田原城に次ぐ後北条氏第二の拠点として、箱根超えの重要な守りとして残り続けました。

天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めの時は、北条氏政の弟・北条氏規がここ韮山城を守り、小田原城陥落まで持ちこたえました。

周囲は遊歩道が整い、城池親水(しろいけしんすい)公園として整備されています。


魚釣りしている人の姿が多く、のんびりした雰囲気でした。

江川家住宅

韮山親水公園から東へ300メートルほど歩くと、江川家住宅があります。


江川氏は江戸時代の韮山代官です。その祖先は小田原北条氏のもとで「江川酒」という酒を造っていました。

幕末に開明派幕臣として名高い江川太郎左右衛門英竜(ひでたつ)、坦庵(たんあん)公が出ました。江川太郎左右衛門英竜は東京の品川台場や伊豆の韮山反射炉を造営したことで知られます。



じーーと蝉の鳴きしきる中、見学しました。倉の中はとても涼しかったです。



山木兼隆邸

ついで山木兼隆邸に向かいます。

源頼朝が山木兼隆邸に襲撃をしかけたのは治承4年(1180)8月17日の夜。この日は三島大社の祭礼で、郎党たちは出払っていました。頼朝はそのスキを、狙ったのでした。

襲撃を受けた山木兼隆は、部屋に閉じこもって、太刀を構えてがたがた、がたがた、 震えていました。

頼朝方の加藤景廉は、

すっ、すっ、すすっと

廊下づたいに壁にへばりついて進み、

兜を脱いで、長刀の先に兜をひっかけて、
すーーとかかげます。

それが山木兼隆の側から見ると、まるで武者が廊下の角から
のぞきこんでいるように見えるわけです。

「はっ…敵だ!あわわ…
こっちをうかがっている!!
ううう…どうしよう。しかし私とて桓武平氏のはしくれ。
むざむざとやられはせぬ!」

「きえーーっ!!」

山木兼隆は太刀をかまえて斬りかかりる。しかし
斬りかかったその太刀が、

どすっ!

鴨井に突きささり。

「ぬっ、ぐぬっ、ぐぬぬ!」

ジタバタ、ジタバタしているところへ、

ドカーー

障子を蹴破って入ってきた加藤景廉が
長刀で、

ズバーー

「ぐっは!!」

山木兼隆を貫いて、そのまま自分のほうに引き寄せ、腰刀を抜くと、

ずぶずぶずふずぶ

首かっ切ります。パアーーッと障子の上に飛び散る鮮血。

「加藤景廉が山木兼隆を
討ち取ったりィーー!!」

この時頼朝は2キロほど離れた北条時政邸で様子を伺っていました。すると、

「はっ…!!
煙が!佐殿、煙が上がりました!!」

木の上の見張りが報告します。

「なに!まことか」

山木の館からすーーっと
煙が上がっていくのが、頼朝の位置からも見えました。

という…歴史の転換点となった山木兼隆の屋敷ですが、


民家の敷地内で、中には入れないです。外から見ると、こんもり台地状に盛り上がっていて、なるほど、あのあたりに山木兼隆の屋敷があったかなァと、わずかにしのばれます。

香山寺 山木兼隆の墓

山木兼隆邸の近くに山木兼隆が開いたと伝わる臨済宗香山寺があります。


境内は広々としてます。高台にあるのでとても眺めがいいです。




山木兼隆の供養塔があります。


それにしてもいきなり屋敷を襲撃され…意味もわからず殺されたのは、本当お気の毒だったと思います。安らかにお眠りください…

次回は韮山反射炉と、北条屋敷跡を歩きます。お楽しみに。

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本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうございました。