目黒を歩く

こんにちは。左大臣光永です。

池袋歩いてると、いかがわしい夜のお店で働く女性専門の求人サイトの宣伝カーが走るんですよ。求人求人、バイトしよ~、高収入~とか、ヤケクソな感じの歌を大音量で鳴り響かせて。そこに救急車が走ってきました。するとピタッと宣伝カーのやかましい歌が止まって、ピーポーピーポー…救急車が走り去ってしばらくすると、求人求人、バイトしよ~、高収入~と、またヤケクソな感じの歌が始まりました。ああ、ヤクザな連中でも救急車には遠慮するんだと、感心しました。

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さて本日は「目黒を歩く」です。

江戸五色不動の一つに数えられる目黒不動尊。また、サツマイモ栽培で知られる青木昆陽の墓などを訪ねます。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

http://roudoku-data.sakura.ne.jp/mailvoice/Meguro.mp3

JR山手線目黒駅で降ります。今日も人が多いです。駅前は…茶店、居酒屋、牛タン屋、立ち食い蕎麦と、賑わってます。楽しい感じです。


行人坂・権之助坂

駅すぐの三井住友銀行の所で、急な行人坂(ぎょうにんざか)と、ゆるやかな権之助坂が、Vの字に、ピースの指の形のように分岐しています。


行人坂の名前は、坂の途中の大圓寺の修験者が多く行き来したことに由来します。目黒不動尊が出来ると、目黒不動尊への参詣道として栄えていきました。よく富士山が見渡せ、坂の途中に富士見茶屋が多く設けられました。

もう一つの権之助坂は、中目黒の名主菅沼権之助(すがぬまごんのすけ)が、行人坂が急すぎて人の行き来が大変だということで、新しい坂を作りました。それが現在の権之助坂ですが、幕府に無許可で作ったために、ケシカランと捕らえられて、菅沼権之助は処刑されてしまいました。このことを人々がしのんで、坂の名を権之助坂とした、ということです。

まず行人坂を下りていきます。

大圓寺

行人坂を下っていくと、ホリプロのタレント養成所があり、その正面に、大圓寺があります。



山門の左に、目黒川架橋供養勢至菩薩石像。


合掌して、蓮台に乗った、勢至菩薩の像です。とても人通りが多いので、この石像に参拝する時も、通行人の邪魔にならないように、気を遣いました。

なかなか立派な山門です。大きな屋根に、二つ小さな屋根がクロスしてる形。これ何造りって言うんですかね?



入ります。


高層ビル群を背景に、ぷうんと線香の香がただよって、いい雰囲気です。

大圓寺は、寛永年間(1624-44)、出羽湯殿山の修験僧・大海(たいかい)が大日如来を祀る道場を開いたのが始まりです。明和9年(1772)、大圓寺の本堂が放火されて火が燃え広がり、江戸六百余町が焼けました。行人坂火事です。明暦3年(1657)の振袖火事、文化3年(1806)の車町(くるまちょう)火事と並び、江戸三大火事の一つに数えられます。これにより幕府からお咎めをくらい、幕末まで再開が許されませんでした。

ボチャボチャボチャボチャーと境内左手から音がして、何だと思ったら、湧き水が沸いてます。


なかなかキレイな湧き水です。そしてその湧き水の向こうに、石仏群がズラアーッと並んでます。520体あります。行人坂火事の死者を弔うために建てられたものです。


左右に文殊菩薩、普賢菩薩を配した釈迦三尊像を、十大弟子と十六羅漢が囲み、その背後に491体の羅鑑像が並びます。

とろけ地蔵。


うーん…とろけまくってますね。江戸時代に品川沖で漁師の網にかかって引き上げられたとろけ地蔵。悩みをとろけさせて、消してくれるという信仰があります。元はどんなお姿だったんでしょうか。ちょっと痛々しい感じもします。

本堂。


竜の掘り物が見事です。背後からボチャボチャボチャボチャ…水の音が響く中、ゴォーン、ゴォーンと鈴鳴らすのはいい風情です。

目黒川

大圓寺を後に、さらに行人坂を下っていきます。


坂下りきってしばらく歩くと、目黒川にかかる太鼓橋です。


別に太鼓橋ってほど太鼓っぽくないですけどね。3月末ともなれば、川沿いの枝垂れ桜が見事な感じになるんでしょう。しばらく住宅街の中の道を行くと、山手通りに出ます。


成就院蛸薬師

山手通りをしばらく歩くと目黒不動尊の参道入口です。参道の道すがら左手に見えるのが、天台宗成就院。別名蛸薬師。天安2年(858)慈覚大師の開山。


ありがたや福を吸い寄せる蛸薬師

こう実におおざっぱな筆運びで、タコが描いてあります。この絵はちょっと、あんまりだと思いますが…


なぜタコか?

ここ成就院のご本尊は、三匹の蛸に支えられた蓮華座に乗る薬師如来像です。これは、慈覚大師が海に投げ入れた薬師如来像が、タコに乗って漂着したという言い伝えによります。だからタコ薬師。絵馬もタコの柄です。そして、

お静地蔵尊。


タコの絵の前に七体の地蔵さまが並んでます。

二代徳川秀忠の側室であるお静の方が、わが子の栄達を祈願して、見事栄達したお礼に奉納したと伝えられます。子宝・子育て・出世にご利益ということです。

また、タコ薬師には、三代将軍家光が、遠州の秋葉大権現から勧請した秋葉大権現が並び祀られています。

そのほか境内には元禄九年の庚申塔がありました。

目黒不動尊

成就院蛸薬師を後に、目黒不動尊を目指します。だんだん参道がにぎわってきました。お、商店街の店と店の相間に、見えてきました。山門の大きな屋根が。



目黒不動尊は、正式には泰叡山瀧泉寺。江戸五色不動の一つとして信仰を集める天台宗の寺院です。慈覚大師円仁の創建といわれます。毎月28日は縁日でにぎわいます。裏手の墓地には江戸時代の儒学者で、サツマイモの普及につとめた青木昆陽の墓があります。


江戸五色不動とは、陰陽五行説の五色に基づき、三代将軍徳川家光が、大僧正天海の意見を容れて、江戸の五か所の不動尊を選び、これを江戸鎮守の場として天下泰平を祈ったと言われています。

節分が近かったので、節分の豆まき式ののぼりが出ていました。境内子連れが多くて、チビっ子が多く遊んでます。若々しい感じです。

独鈷の滝

正面の石段のたもとに、不動明王像があって泉が沸いてます。



独鈷の滝。石垣で囲まれたくぼ地があって、龍の口からジョボジョボジョボジョボ…水が流れ出していて、両脇の木から、注連縄が渡してある。神々しい感じです。こういう所で目を閉じて、ジョボジョボジョボジョボ…音をずーっと聞いていると、心が洗われそうな感じもするんですけども、寒いので、そろそろ行きます。

本堂

石段を上ります。


ああ…木々の梢の向こうに、本堂の建物と青い空が開けて見える…来ました。目黒不動尊本堂です。


けっこう高台にあるんですね。境内には白梅がポップコーンのように咲いてました。



絵馬が風に揺れるカラ、カラカラという微かな音がいい雰囲気でした。

本堂右手には青木昆陽にちなんだサツマイモ畑。



素晴らしいことです。今は枯れ葉散り敷いてますけども、ここでサツマイモが獲れる。不動前LOVEプロジェクト。目黒不動お芋さんフェアで検索、とあります。こういうのは、いいですね。歴史を覚えるよすがとなります。

大日如来坐像と地主神

本堂で参拝してから、本堂裏手にぐるっと回っていきまして…黄金色に輝く大日如来坐像があります。


不動明王の本地が大日如来だということで、不動明王を祀った目黒不動尊の裏手に大日如来が鎮座ましましているわけです。ありがたいことです。

大日如来のさらに奥には…まだ奥があるのか。鳥居が立ってますね。


地主神?


地主神大行寺権現とあります。鳥居の向こうに祠があり、その祠の向こうに、さらに石柱が立ってます。ただごとじゃない感じですが、何なんでしょうか?


何を祀ってあるのかわからないですけども、不動明王の奥の、大日如来のさらに奥にあるということは、何か大変なものなんでしょう。寺の人に聞いたら、「すみません。ちょっと把握してないですね」ということでした。寺の人も知らない。ますます謎です。

大日如来の四方は、四天王が取り囲んでます。北西の広目天。南西の増長天。南東の持国天。北東の多聞天。






なんかカッコいいですね!

大日如来を取り囲む四天王。

そして大日如来の奥に位置するのが、…地主神。何となく宇宙を感じる配置です。

青木昆陽の墓

目黒不動尊裏手の墓地には、青木昆陽の墓があります。目黒不動尊裏口から外に出て、不動公園沿いに進んでいくと、


あ…甘藷先生の墓!ちゃんとサツマイモが捧げてありますね。


いいなあ。こういうのは、いいですね。お墓を尋ねて行く嬉しいことの一つですよ。ちゃんと青木昆陽の墓に、サツマイモが捧げてある。素晴らしいことじゃないですか。

青木昆陽は江戸時代の蘭学者。元禄11年(1698)生まれ。京都の儒学者・伊藤東涯に学びます。その後、八代将軍吉宗の命を受けて蘭学を学び、長崎に留学。享保20年(1735)『蕃薯考(ばんしょこう)』をあらわし、サツマイモは備蓄食物としていいですよ、ということを説きました。江戸町奉行・大岡忠相(おおおかただすけ)の後援のもと、目黒でサツマイモを栽培。そのため甘藷先生と呼ばれました。

墓というのはなかなか行きつけない。ガイドブック見たり現地の人に道聞いたりして、ウロウロするってのも一つの味わいだと思うんですよ。時間がかかる。その間、青木昆陽について考えるわけじゃないですか。どういう人物だったか?

頭の中で知識をまとめ直したり、疑問点が沸いてきたり…無意識のうちにそういうことしてますよ。だから、墓を訪ねてウロウロ探し回ってる時間もムダではない。むしろ墓を訪ねる一番の楽しみだと思います。

墓そのものは単なる石で、何ということは無いかもしれない。しかし、そこに至るまでの過程。脳みその中に繰り広げられる活動。熱が起こる。それが、私は面白いと思います。

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第一部「飛鳥時代篇」は、蘇我馬子や聖徳太子の時代から乙巳の変・大化の改新を経て、壬申の乱まで。

第二部「奈良時代篇」は、長屋王の変・聖武天皇の大仏建立・鑑真和尚の来日・藤原仲麻呂の乱・桓武天皇の即位から長岡京遷都の直前まで。

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本日も左大臣光永がお話ししました。ありがとうございます。ありがとうございました。