京都・壬生寺~新選組と壬生狂言の寺

こんにちは。左大臣光永です。
イルカが打ち上げられたり山の手線が止まったり
天変地異の前触れかという妙なことが続きますが、
いかがお過ごしでしょうか?

私は近日発売します新商品「聴いて・わかる。新選組~新選組激闘篇」の
準備をしています。次回のメルマガでご案内できると思います。

今回はこの商品にあわせ、京都・壬生寺を訪ねます。

▼音声が再生されます▼

壬生寺は新選組ゆかりの寺であり、「壬生狂言」でも有名な寺です。

京都駅から歩いて30分程度です。

五条通から坊城通りに入り北へ北へ歩いていくと、
左右に狭く家々の壁が迫り、幕末の雰囲気がかもしだされます。

坊城通り
坊城通り

坊城通り
坊城通り

すぐに新選組の屯所跡(前川邸・八木邸)が見えてきます。

壬生
壬生

坊城通を挟んで東が(旧)前川邸、西が八木邸です。

旧前川邸
旧前川邸

八木邸
八木邸

前川邸は現在個人の家となっており入れませんが、
八木邸は一般公開されています。

係りの方の危機迫る解説とともに、
芹沢鴨が暗殺された、まさにその暗殺の現場に立つことができます。

しかし今回は時間が早くまだ開いていないので、
壬生寺のほうに向かいました。

壬生寺は律宗の寺で正暦(しょうりゃく)2年(991年)
三井寺の僧快賢の創建です。

壬生寺
壬生寺

壬生寺
壬生寺

壬生寺
壬生寺

中興の祖・円覚上人が悪疫をはらうためにはじめた
「壬生狂言」が有名で、毎年節分と春、秋にはにぎわいます。

壬生寺は新選組の屯所からごく数100メートルの位置にあり、
新選組隊士たちはたびたび
壬生寺の境内で大砲を撃つ訓練をしていました。

本堂に向かって右手に、新選組隊士の墓のあるエリア
「壬生塚」があります。

壬生塚入り口
壬生塚入り口

門をくぐると、ちょっとした売店があり、
入り口のところで100円を払います。
ここのおばちゃんたちはえらい愛想がよかったです。

中庭に出ます。朱塗りの小さな太鼓橋をわたると、
そこが「壬生塚」です。

壬生塚
壬生塚

正面に見えるのは「あゝ新選組」の歌碑です。

あゝ新選組 歌碑
あゝ新選組 歌碑

あゝ新選組
作詞 横井弘
作曲 中野忠晴

賀茂の河原に 千鳥が騒ぐ
またも血の雨 流れ雨
武士という名に 命をかけて
新選組は 今日もゆく

恋も情けも 矢弾に捨てて
軍かさねる 鳥羽伏見
ともに白刃を 淋しくかざし
新選組は 月に泣く

菊のかおりに 葵が枯れる
枯れて散る散る 風の中
変わる時勢に 背中を向けて
新選組よ 何処へ行く

なかなか気合の入る歌詞です!

石碑の横にある白い石にはコイン投入口があり、
100円で歌を聴くことができます。

あゝ新選組 歌碑
あゝ新選組 歌碑

この白い石が景色の中にあまりに
違和感あるんですが、
とりあえず100円入れると、高らかに
「あゝ新選組」が鳴り響きます。

それをBGMとして、
朝の壬生塚を見てまわることにします。
右手には近藤勇の胸像があります。

近藤勇 胸像
近藤勇 胸像

近藤勇 胸像
近藤勇 胸像

雨にしっとり濡れた胸像というのも、なかなか味わい深いものです。
角度や天候によっても銅像というのは雰囲気がかわるので面白いです。

近藤勇の墓のある多摩の龍源寺の近藤勇像はわりと重い表情でしたが、
こちらの近藤勇像はまだ若く、精悍な印象を受けました。
横顔が特に若々しいです。

新選組結成当初の、まだまだ青雲の志に燃えた頃でしょうか。

近藤勇像の観察だけでゆうに15分は使いましたが、
次に、いよいよ芹沢先生の墓に向かいます。

芹沢鴨のことは、あえて私は芹沢先生と呼んでおります。
墓はごく新しいものでした。説明を読むと、
最近になって建てかえられたものだとうことです。

芹沢先生は大のお酒好きだったため、
現在でもお酒を捧げる方が多いようです。

芹沢鴨の墓
芹沢鴨の墓

平山五郎の墓
平山五郎の墓

コンビニで買ったカップ酒をお供えしようものなら
「マズい!」ドガチャーーンてことになりそうですね。
気性の荒い芹沢先生のことですから。

そのほか、壬生塚には柿本人麻呂の碑がありました。

人丸塚
人丸塚

なぜ人麻呂が…。まあ人麻呂は「火・止まる」に通ずることから
火消しの神様としても信仰されているので、
ひょっとしたら、何か関係があるのかもしれません。

沖田総司は壬生寺の境内で、
子供たちを引き連れて遊んでいたと伝えられます。

いいですね。わーっ、総司のにいちゃん来たぞー。
待てっ、逃がさないぞ、
トテトテトテトーと駆けていく子供たちと沖田総司。

その面影を思いながら、
しみじみと境内を歩いてみるのは、いかがでしょうか?

壬生狂言

新選組のほか、壬生寺で有名なものに壬生狂言があります。

鎌倉時代、壬生寺中興の祖である円覚上人が、
悪疫をはらうため考えた「大念仏狂言」がその原型と伝えられます。
円覚上人の話は大人気で、十万人の人が集まったのです。
しかしマイクも無い時代に十万人に声を聴かせることは不可能です。

そこで上人は考えたのです。
声を一切使わず、鐘や太鼓にあわせて身振り・
手振りのパントマイムで物語にして上演することを。

これが「融通念仏」であり、壬生狂言の原型です。

後に演目もふえて、現在は30演目が伝わり、
節分と春と秋に本堂右手の「大念仏堂」にて一般公開されています。

大念仏堂
大念仏堂

演目を見るとかなり複雑な物語もあるので、
これを身振り手振りだけで伝えるのは高度な技術が必要そうですね。

ぜひシーズンには実物を見てみたいと思いました。
(5月は葵祭もありホテルがなかなか取れませんが…)

壬生寺は京都駅から歩いて30分くらいです。

新選組の屯所跡「前川邸」「八木邸」にも近いですので、
新選組ツアーの一環として、また壬生狂言の、
伝統芸能の世界に惹かれて、
訪ねてみるのはいかがでしょうか?

次回は…

商品のご案内をお届けします。

「聴いて・わかる。新選組~新選組激闘篇」
http://sirdaizine.com/CD/MiburoInfo2.html

新選組の活躍を「語り」によって描きました。

禁門の変、伊藤甲子太郎の入隊、
第一次・第二次長州征伐、山南敬助の脱走、
三条制札事件、油小路の血闘、そして鳥羽・伏見の闘いを経て、
京都を後にした新選組が関東で新政府軍に破れ、
とらえられた近藤勇が処刑されるまで。

過去にメルマガ配信した音声に
新規音声を加えて発売予定です。ご期待ください。
http://sirdaizine.com/CD/MiburoInfo2.html

本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。