元離宮二条城を歩く

こんにちは。左大臣光永です。

マンションの共用部にカメムシが湧いて大変です。殺虫剤をまいてもなかなか死なないです。というかゴキブリ用の殺虫剤では成分が違うような気がします。カメムシが大量発生すると地震や大雪がおこるっていう都市伝説がありますが、どうなんでしょうかねえ…

さて本日は、元離宮二条城を歩きます。

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元離宮二条城。

金閣寺・銀閣寺・清水寺と並び京都観光の定番所です。修学旅行で訪れた方も多いと思います。特に、来年平成30年は大政奉還150年ということで、二条城は賑わってます。

東大手門

京都駅から二条城方面行のバスに乗り、バス亭二条城前で下車。もしくは地下鉄東西線に乗り二条城前駅で降りると、すぐ目の前が元離宮二条城の東大手門です。


外国人が多く、子供連れも多く、修学旅行の学生さんたちもいて、賑わっています。



東大手門は平成29年3月末まで工事中でしたが、現在は見れるようになっています。修復完成記念で300円払えば門の上にのぼることもできます。

二条城の歴史

二条城は慶長8年(1603年)関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康が、京都御所の守護と、上洛の際の宿所として造営しました。慶長16年(1611)徳川家康と豊臣秀頼の二条城会見が行われた場所でもあります。

家康はどうせ無能な二代目だとタカをくくっていた。しかし現れた秀頼は威風堂々、見事な器量を備えていた。そこで家康は「油断できぬ」と考えて、大阪城の豊臣家を滅ぼすことを決意した…というのは有名な話ですね。

寛永3年(1626年)三代将軍家光は、後水尾天皇の行幸に際し城を拡大・整備。4000名の警護と豪華な食事で天皇御一行をもてなしました。「寛永の行幸」です。この時が二条城の最盛期でした。

以後、幕末の14代将軍家茂まで将軍の上洛はなく、留守を預かる二条在番(にじょうざいばん)という役人たちが警備します。天明8年(1788年)の火災で本丸御殿が消失。

慶応3年(1868年)10月13日。15代将軍徳川慶喜は二条城二の丸御殿・大広間にて大政奉還の意思を諸大名に告げ江戸幕府の歴史は幕をおろしました。

つまり二条城は、江戸時代の始まりと終わりをつぶさに見てきた城であるわけです。

維新後二条城は宮内庁の管轄で天皇家の離宮となりますが、昭和14(1939年)京都市に下賜されました。

東大手門番所

東大手門をくぐってまず右手に見えるのが東大手門番所(ひがしおおてもんばんしょ)です。


二条城は将軍が上洛した際の宿所として造営されましたが、寛永11年(1634年)三代将軍家光の上洛から、文久3年(1863年)14代家茂の上洛まで230年間、将軍の上洛はありませんでした。将軍不在の城です。そこで留守を預かる二条在番(にじょうざいばん)という役人たちが警備していました。

ここ東大手門番所は役人たちが常駐し、東大手門の開閉、監視、出入りする者のチェックなどを行いました。ここで怪しい者が入りこまないか、目を光らせていたわけですね。

唐門

左に南東隅櫓(辰巳隅櫓 たつみすみやぐら)をみながら道を進んでいきます。そこかしこに修学旅行の学生さんがいて、ガイドさんが案内しています。外国人も多いです。見えてきました。唐門です。


あざやかな色彩にしばし息を飲みます。

ゆるやかなカーブを描く特徴的な唐破風から、唐門と呼ばれています。檜皮葺きの屋根は30年ごとに葺き替えるということです。


「牡丹に唐獅子」などさまざまな彫刻が施され、しばらく立ち止まって鑑賞したい所です。

二の丸御殿

唐門をくぐると正面が、二の丸御殿です。青空をバックに荘厳な三角屋根が映えます。


ニの丸御殿は慶長8年(1603)徳川家康が将軍上洛の際の居館として建造し、三代将軍家光の時、後水尾天皇行幸に備えて大幅に整備されました。

六つの間が南東から北西にかけて斜めにつらなる書院造の建物です。南から遠侍(とおざむらい)・式台(しきだい)・大広間・蘇鉄の間・黒書院・白書院といい、部屋の数はぜんぶで33、畳の数800あまり。

上から見ると雁の群れが飛んでいるように見えるため「雁行型(がんこうがた)」と呼ばれます。

入口の車寄せで沓を脱いで、廊下づたいに進んでいきます。床は鶯張りで、歩くとキュッキュッと音が鳴ります。敵の奇襲にそなえたものでしょう。

ゆっくり案内板を読みながら進みたいところですが、人が多く、どんどん進まないといけません。立ち止まれない雰囲気があります。

前からも後ろからもカン高い中国語の会話が響き、いやが上にも速足になります。まあ、これも京都観光の情緒ですか。

慶応3年(1868年)10月13日。ここ二条城二の丸御殿大広間にて、将軍徳川慶喜は諸大名に大政奉還の意思を告げました。そして翌々日、朝廷が大政奉還を受け入れ、江戸幕府は幕を下ろしました。

大広間には諸大名に相談する徳川慶喜のその様子が、模型として再現されています。

「ええっ…」「そんな…」
「では我々はどうなるので…!?」

そんな声も聞こえてきそうです。

一段畳が高くなった上段の間に将軍徳川慶喜。ついで二の間に諸国の大名たちがかしこまっている、教科書でおなじみの、徳川慶喜 二条城二の丸御殿大広間にて諸大名に大政奉還を表明すの場面が、立体で再現されています。

粛々とした感じで各藩の代表は頭を下げていますが、あーあこれからどうなってしまうのか。うちの藩は大丈夫であろうかなど、さまざまな思いがあったことでしょうね。

二の丸庭園

二の丸御殿を出ると、二の丸庭園が広がります。


慶長8年(1603)の二条城築城時に造られ、寛永3年(1626年)後水尾天皇行幸に際し、小堀遠州(こぼりえんしゅう)が改造したと伝えられます。

池の中には蓬莱島・鶴島・亀島という三つの島があり、池の周囲にも大小の石を配します。二の丸御殿では中国語により耳がキンキンになったので、少し景色をながめ気分を落ち着かせました。

この日はよく晴れていたのですが、小ぶりのちぎれ雲がところどころ空に漂ってました。太陽が雲に入るとさーっと曇り、すぐに晴れて、また雲に入ってさーーっと曇るという連続で、せわしなかったです。


本丸庭園

内堀にかかる東橋をわたり


本丸櫓門をくぐると


本丸庭園です。


明治29年(1896)、明治天皇の指示により造られました。明治天皇は作庭に際し、本丸御殿の二階から御自ら指示を出されたということです。

本丸御殿

本丸庭園を見渡す本丸御殿は明治26年(1893年)京都御所北隣にあった桂宮(かつらのみや)家の御殿を移築したものです。二の丸の武家風の書院造りと違い、優美でおおらかな公家風の作りです。


以前は春と秋に特別公開されていましたが、現在は耐震強化のため一般公開していません。

天守閣跡

本丸南西部には天守閣跡があります。


伏見城から移築したものと言われますが、寛延3年(1750年)の落雷で焼失し、現在は土台が残るのみです。展望台のようになっており、二条城が一望できます。すぐ真下に内堀が見えるのも、気分高まりました。



西橋~清流園

天守閣の眺めを満喫したら、内堀にかかった西橋をわたります。


おっ…何ですかねアレは。ガラスのオブジェが水にたくさん浮いています。


何か前衛芸術らしいです。600個あるそうです。一瞬、クラゲの大群かと思いました。

順路に沿って進んでいき、



北中仕切門(きたなかしきりもん)をくぐると、



広々とした庭園が見えてきます。清流園です。


もともとこの場所には二条城の最初の天守閣と城内通路がありました。その後、役人の宿舎となり、大正天皇即位の際には、饗応のための施設が作られました。施設はその後取り壊されますが、

昭和40年(1964年)。江戸時代の豪商角倉(すみのくら)家の屋敷跡から屋敷の一部と庭石を譲り受け、加えて全国からめずらしい石を集め、庭園として完成しました。

西側は純和風庭園で二つの建物(和楽庵・香雲亭)があり、


東側は西洋風の芝生の植え込みという和洋折衷型庭園になっています。


北大手門

清流園北に見える北大手門は、竹屋町通りをはさんで北側に京都所司代の屋敷(現・京都市発達障害者支援センターかがやき)があったので、その連絡門として使われいた、と見られています。


南門

大正4年(1915)京都御所の紫宸殿で大正天皇の即位式がおこなれました。その後、天皇の別荘として使われていた二条城で即位後の饗応が華やかに行われました。各界の著名人や総理大臣が参加し、華やかなことでした。この時、新しい建物がいくつか建てられましたが、饗応式の後は取り壊され、現在残っているのは南門だけです。


南門は二条城外堀の堀の南側から見えます。もともとこの位置に門はありませんでしたが、大正天皇の饗応式のために建造されたものです。

というわけで、本日は元離宮二条城を歩きました。修学旅行で行ったよという方も多いと思いますが…来年2018年は大政奉還から150年。幕末明治から今日に到る歴史に思いをはせながら、もう一度歩いてみるのはいかがでしょうか。

あっ、それと。

二条城のすぐ南にある神泉苑も、桓武天皇以来の歴史の古い場所ですので、ぜひ訪ねてみてください。

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