水前寺成趣園を歩く

こんにちは。左大臣光永です。お正月七日も終わり、通常運転になってきました。いかがお過ごしでしょうか?私は10日過ぎまで実家の熊本に滞在しています。本日は味千ラーメン食べてきました。やはり地元の名物を食べると、帰ってきたなァと思いますね。

さて先日発売しました「現代語訳つき朗読 『土佐日記』」CD-ROM。ご好評をいただいています。
http://sirdaizine.com/CD/TosanikkiInfo.html

男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり。有名な書き出しで始まる土佐日記。土佐から京都に帰ってくる55日間の旅のことをつづった日記文学の名作。原文と現代語訳による朗読と解説を加えたCD-ROMです。特典の「暗記のコツと効用」は1月31日お申し込みまでの早期お申し込み特典です。お申し込みはお早めにどうぞ。

さて本日は、熊本・水前寺成趣園を歩きます。

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水前寺成趣園は初代肥後細川家・細川忠利公の作った御茶屋が元となった庭園です。熊本の定番観光スポットの一つです。


参道

熊本市電水前寺公園駅から徒歩2分。見えてきました。水前寺の参道です。



年末で店はあまり開いてなかったんですが、参道の楽しい感じは伝わってきます。すぐ水前寺成趣園の入り口です。400円払って入ります。

入り口~

中入るとすぐ、左手に昭和の香りただようお土産やさんがいい味出してます。子供の頃、親に連れられて来たのを思い出しますねえ。たぶんあの看板は私が子供の頃見たのと変わってないです。



水前寺成趣園は寛永13年(1636)肥後細川家初代・細川忠利公が作った御茶屋が始まりです。その時、御茶屋内に立てられた寺の名から水前寺茶屋と呼ばれました。

その後、第3代熊本藩主細川綱利の時に現在とほぼ同じ規模の庭園として整えられ、水前寺成趣寺と名付けられました。「成趣」は陶淵明の詩「帰去来辞」によります。

園日渉以成趣
門雖設而常關

園は日に渉(わた)りて以て趣を成し
門は設(もー)くと雖(いえど)も常に関(とざ)せり

庭園は日に日に趣が増してくる。
門はあるが常に閉ざしていて
訪ねてくる者もいない。

作者陶淵明が役人生活に見切りをつけ、故郷の田園に帰ってきたときの様子、気持ちを歌った詩です。

正面、ぱーーっと池が広がって、池の中に島が点在し、池の向こうに築山が見えます。左手に見えるのが代々の細川家当主をまつった出水(いずみ)神社です。


まずはコースに沿って石橋を渡ります。


苔むして風格があります。水の中には鯉だけでなく、なんか細かい魚が群れてますね。ハエかな?しかしハエにしてはだいぶ大きいです。これ全部成長したら池埋まっちゃうんじゃないかという勢いです。


魚のエサ買って撒くことができるんですが、けっこう飽きないですね。すーーっと鴨が取りに来て。スピード速いなっていう。

鯉がもた~もたして、なかなか口に入れられないでいる所へ、すーーと脇からやってきた鴨が泳いできて、パクッと奪っていきます。鴨の動きの敏捷さです。

出水神社

池の左手に鎮座するのが出水(いずみ)神社です。


初代細川藤孝(ふじたか)・二代忠興(ただおき)・三代忠利(ただとし)・七(八)代重賢(しげかた)・忠興夫人ガラシャおよび歴代の肥後藩主を祀ります。明治11年創建。


ま新しい銅葺きの屋根ですね。最近葺き替えたんでしょうか。手水場のところに細川幽斎公(初代細川藤孝)の御歌(みうた)が掲げられています。

いにしへも今もかはらぬ世の中に
心の種を残すことのは

いいこと言いますね。言葉がわかりやすい。

見るがごとく仰げ神代の鏡山
今日あらたまの春の光を

こちらも幽斎公の御歌です。お人柄がしのばれます。境内左手には二代細川忠興公(三斎)が愛でられた水盤や、


三代細川忠利公ご愛用の盆栽「五葉の松」があり、


細川氏の歴史を感じることができます。

出水神社を後に、築山を向こうに見ながら進んで行きます。


途中猫がいてですね、道端に。いや~よくじゃれついてきます。お客さんがよくエサ与えるんでしょうね。ふくよかです。でれーんとマイペースに、その巨体を横たえています。



手をのばしたらくるんとひっくり返って腹を出し、さわってさわってという感じで、べたーと手足を押し付けてきます。肉球のふにふに感がたまらんですね!この猫に会えただけで、今日、水前寺公園に来たかいがあったです!

稲荷神社

しばらく進むと右手に稲荷神社が見えてきます。


八代細川斉茲(なりしげ)公が京都の伏見から勧請した稲荷神社です。


一緒に案内してくれた方が、「昔、この近くの工業高校にかよっとってから、悪い奴はここに学生服隠してから街に遊びにいきよった」なんてことを話してくれました。


築山

築山です。裏手にまわると表面までまじまじと見えます。芝生の中は立ち入り禁止なので残念ながら上ることはできませんが。景色にいいアクセントを加えていますね。


細川藤孝公・忠利公の像

築山からさらに進んだ所に、細川藤孝公・忠利公の像が並んで立っています。


細川藤孝(1534-1610)。
はじめ13代将軍義輝に仕え、15代将軍足利義昭を擁立し、足利義昭が織田信長に追放されると織田信長に鞍替えし、織田信長が本能寺の変で明智光秀に討たれると、藤孝は、親戚であり親友でもあった明智光秀の誘いを断り、出家。家督を息子の忠興に譲り、幽斎と名乗りました。

風流を愛する文化人で、和歌や華道、蹴鞠などにすぐれ、囲碁・料理・猿楽にも造詣がありました。特に和歌は、三條西実枝(さんじょうにしさねき)より古今和歌集の伝授を受け、後陽成天皇の弟君の八条宮智仁(はちじょうのみや・としひと)親王に古今和歌集を伝授しました。

細川忠利(1586-1641)。

父細川忠興の三男として生まれました。細川家は関ヶ原の合戦の功績により、豊前小倉藩に封じられていました。元和6年(1620)忠利は父忠興の家督を継ぎ、小倉藩主となります。寛永9年(1632)肥後の加藤家が二代で取り潰しになりましたので、その後を埋める形で豊前小倉藩39万石から肥後熊本54万石に移封。初代熊本藩主となりました。

晩年に宮本武蔵を客人として熊本に招いたことで有名です。

細川藤孝公のほうがじいさんなのに若々しい顔をしている。孫の忠利公のほうがくたびれた顔をしているのが気になりました。


鴨と白鷺

池辺を歩いていて目につくのが、鴨の意地汚なさです。


鯉にエサをやっていても、鴨が必ず寄って来ます。近いものはすーーっと泳いでくるし、遠いものはパタパタパターーと飛んできたかと思うと、ジャーーッと着水して、ワシイッと、エサをひっ掴んでいきます。

その点、シラサギはエサ投げても見向きもしません。誇り高い感じです。

鴨に、鯉に、白鷺に、猫…生き物とたわむれるのが水前寺公園は楽しいです。


古今伝授の間

おっと大切なものを忘れていました。あの茅葺屋根の建物を御覧下さい。


古今伝授の間です。初代細川幽斉公(藤孝)が、後陽成天皇の弟君の八条宮智仁(はちじょうのみや・としひと)親王に『古今和歌集』の伝授を行った建物を移したものです。もとは京都御所内にありましたが、後に桂山家の領地・山城国乙訓郡の長岡天満宮境内に移し、明治初年にこれを細川家に賜り、大正元年、現在の水前寺公園正面の、この位置に移しました。


いきなり団子

帰りは熊本名物「いきなり団子」をかじりながら帰ります。いきなり団子のいきなりは何がいきなりか?それは、



「母ちゃん、今からそっち帰っばい。
さとしと政子ば連れて行くけんな」

「まああんた、そがん、いきなり言うてかっ、
なんもこっちは用意しとらんたい。
来るんやったらもうちょっと、早う言はんね」

「そがん言うたってなかなか、都合がこっちもつかんたい。
よかよか。なんも気つかわんでよかけん」

「ああ…息子はあがん言よるけど、
孫になんか食べさせるくらいせなんけんね。
でもなーんも買い置きがなかね。そうたい団子があった!
団子でアンコと芋ばくるんでかっ…これやったらすぐ作れるたい」

「おばあちゃん、ありがとう。おいしか~」

「いっぱい食べなんたいね~」

このように、いきなりの来客にも対応できる。すぐパッと出せるということで、いきなり団子。

いきなり団子、です。

発売中です。

「現代語訳つき朗読 『土佐日記』」CD-ROM。
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男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり。有名な書き出しで始まる土佐日記。土佐から京都に帰ってくる55日間の旅のことをつづった日記文学の名作。

けして長くない、適度な分量。そして文章が簡潔でわかりやすいですので、古文に親しむ、その入り口として最適です。

原文と現代語訳による朗読と解説を加えたCD-ROMです。

特典の「暗記のコツと効用」は1月31日お申し込みまでの早期お申し込み特典です。お申し込みはお早めにどうぞ。
http://sirdaizine.com/CD/TosanikkiInfo.html

本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうございました。