天智天皇陵とその周辺を歩く

こんにちは。左大臣光永です。正月のポヤーーンとした浮世離れな感じもいまだ覚めない5日。いかがお過ごしだったでしょうか?

私は、実家の熊本に戻り、くつろいでいました。空気がノンビリして、しかも正月だからなおさらノンビリしています。都会とは時の流れが違う感じです。

さて本日は、京都・山科に天智天皇陵とその周辺を訪ねます。発売中の商品「百人一首 全首・全歌人 徹底詳細解説」に関連したお話です。
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天智天皇陵

地下鉄東西線もしくは東海道本線御陵(みささぎ)駅で降ります。

地下鉄東西線御陵駅
地下鉄東西線御陵駅

大津方面にしばらく歩くと、左手に石造りの日時計のモニュメントがあらわれます。


天智天皇が日本ではじめて時計を作ったことにちなんだモニュメントです。

ここで左に折れ、左右に樹木が生い茂った参道をひたすら進んでいくと、





天智天皇陵です。山科陵(やましなのみささぎ)・または御廟野(ごびょうの)古墳と呼ばれる八角墳です。

天智天皇陵・山科陵・御廟野古墳
天智天皇陵・山科陵・御廟野古墳

もっとも八角形をしているといっても、樹木がうっそうと茂っていて、その形はよく実感できません。

天智天皇陵・山科陵・御廟野古墳
天智天皇陵・山科陵・御廟野古墳

第38代天智天皇(626-672)。中大兄皇子。父は第34代舒明天皇。母は第35代皇極天皇。中臣鎌足と組んで645年、蘇我入鹿を倒し、叔父の孝徳天皇の下、大化の改新を推進。天皇中心の中央集権国家のいしずえを築きました。

663年白村江の戦いの敗北にともない、667年、都を飛鳥から大津に遷し、翌668年38代天智天皇として即位。

近江令という法律の制定、庚午年籍という戸籍の制定などを行いました。即位3年目の672年、崩御。天智天皇崩御後の後継者問題から、天智の弟の大海人皇子と息子の大友皇子の間で戦われたのが、672年壬申の乱です。

さて、なぜ天智天皇の陵が飛鳥でもなく、大津でもなく、まるで関係の無い山科にあるのか、とても不思議です。『日本書紀』にもその理由は書かれておらず、ほんとうの所は不明です。

天智天皇陵・山科陵・御廟野古墳
天智天皇陵・山科陵・御廟野古墳

ところが地元のうどん屋さんで店長さんと世間話していたら、面白い話をきかせてくれました。

天智天皇は大津からたびたび山科に狩に来て、イノシシや鹿を狩っていた。天智天皇は豊かな山科の自然をとても気に入り、私が死んだら山科の地に葬ってくれと遺言した。だから、山科に天智天皇の陵があるのだ…という話でした。

出典も定かでないので、真偽のほどは何とも言えませんが、興味深い話だと思いました。

山科疎水

天智天皇陵の脇から、山科疎水への道がのびています。


細い道を通り過ぎ、住宅街の中の道を上に上に登っていくと、出ました。山科疎水です。


山科疎水
山科疎水

疎水は、明治2年の東京遷都後、日に日に衰退する京都を愁い、流通・経済の活性化を考えて始まった事業です。青年技師田辺朔郎氏の指揮のもと、東山にトンネルを掘り、琵琶湖の水を山科を蹴上を経て京都まで導き入れた全長約23.3キロメートルの運河です。

明治23年(1890年)幾多の困難を経て開通。時に田辺朔郎28歳でした。

ここ山科疎水は、疎水第2トンネルに到る約1.5キロの道のりが散歩道として整備されています。

山科疎水
山科疎水

眼下に山科の家々が見渡せます。こんなに高い位置を疎水は走っているんですね。ビックリです!


「イノシシに注意」「マムシに注意」と、いろいろ注意されながら散歩道を歩いていくと、向こうに朱塗りの橋が見えてきました。日蓮宗本圀寺(ほんこくじ)へ渡る橋です。



本圀寺

お正月の飾り物のつけられた総門をくぐり、

本圀寺 総門
本圀寺 総門

シダの生い茂った参道を進み、加藤清正寄進の「開運門」をくぐります。

本圀寺 開運門
本圀寺 開運門

大本山本國寺(だいほんざんほんこくじ)。日蓮宗の大本山で日蓮の庵の跡に建てられた寺院です。

大本山本國寺
大本山本國寺

「あれっ、日蓮が住んだのは鎌倉じゃないの?」

そうです。もとは本國寺は鎌倉の日蓮のすまいの跡に建てられた寺院です。鎌倉幕府滅亡後、足利尊氏が京都に室町幕府を開くと、尊氏は日蓮宗の根本道場である本國寺を京都に移してほしいと願い出ます。時の光厳天皇は、これを許可し、貞和元年(1345年)本國寺は鎌倉から京都に移ってきました。

もとは洛中にありましたが、火事で焼失し、再興され、昭和45年(1970年)山科の地に移されました。

豪快な日蓮像が、ひときわ目を引きます。

本國寺 日蓮像
本國寺 日蓮像

本國寺 日蓮像
本國寺 日蓮像

先日、鎌倉の龍口寺でも日蓮像を見ましたが、龍口寺の日蓮像より、ここ本圀寺の日蓮像は力強く、ガツガツした生命力にあふれた印象を受けました。ぎゅっと結んだ口元は意思が強そうながら、どっしり落ち着いた感じもあります。

鎌倉 龍口寺の日蓮像
鎌倉 龍口寺の日蓮像

法華経を人にすすめるかのごとく突き出した右手も、よく見ると指と指の間がほどよく離れており、肩の力を抜いてリラックスしている感じがあります。

左手に「立正安国論」を持ち、右手を前に突き出すという基本的なポーズは鎌倉龍口寺の日蓮像と同じですが、受ける印象がだいぶ違いました。

旅先ではこのように銅像を見て、歴史上の人物としみじみ対話するのが、楽しいことです。

次回は僧正遍昭と花山天皇ゆかりの元慶寺(がんけいじ)を訪ねます。

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本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。