宇治のあがた祭

こんにちは。左大臣光永です。

宇治のあがた祭りに行ってきました。あがた祭りは6月5日深夜から6日未明にかけて行われる宇治を代表する祭りです。暗闇の中で行われるので「暗夜の奇祭」「闇夜の奇祭」と呼ばれます。

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御幣を巨大なボール状に束ねた「梵天」と呼ばれる神輿をかつぐ「梵天渡御(ぼんてんとぎょ)」の儀式が中心となります。すごい勢いで神輿を回したり、前後左右に揺らしたりする「ぶん回し」は大迫力です。

夜8時。宇治につくともうたいへんな賑わいでした。


宇治橋通り商店街を中心に、露店が500軒も並びます。宇治にこんなに人が押し寄せるのは一年中、この日だけでしょう。

ちなみに普段人の多い平等院参道は出店もなく、閑散としていました。


夜10時にはすべての露店が閉まり、人の姿もまばらになります。


終電もなくなるので、帰っちゃう人が多いんですね。

残っているのは地元民と、私のような物好きばかりと思われます。

しかしここからが、祭りの始まりです。

午後11時。「梵天」の神輿が宇治神社の御旅所を出ます。この「梵天」というのが独特です。


御幣の白い紙を束ねて、巨大なボール状にしたものです。それを、白い衣を着た人が支えます。人の上半身は御幣に隠れて見えなくなってしまいます。

それが、まるで巨大な白いキノコが神輿の上に立っているように見えます。一種、異様なシルエットです。

そして「梵天」が神輿の上に立ったまま、ものすごい勢いで回したり、前後左右に揺らします。


「ぶん回し」です。上に立ってる人が吹き飛ばされないか、心配になります。

道路に対して90度になるまで神輿を立てるので、その時、神輿の上の梵天は地面と水平に立っている状態になります。柱が折れたら、命が助からないと思います。


宇治神社の御旅所を出た神輿は、ワッショイワッショイの掛け声にあわせて進み、所々で立ち止まっては「ぶん回し」をしながら進みます。


沿道の家々は明かりを消して、暗闇の中「梵天」を迎えます。


深夜の宇治駅前を通って、



宇治橋の前まで来ました。


本来、ここから縣(あがた)神社の参道に入って縣神社まで行くんですが、神輿はここで元の道を引き返してしまいます。なぜか?

神輿をかつぐ県祭奉賛会(けんさいほうさんかい)と祭を主催する縣神社とが仲違いしているため、ここ四年間(2015-2018)は別々に「梵天渡御」をやってるんですね。

だから懸神社のほうは懸神社で、午前0時から別の神輿を出します。神輿が縣神社の鳥居から外に出ると、そこで豪快な「ぶん回し」が行われ、ふたたび境内に入って暗闇の中「神移し」の神事が行われます。



なにかこう不思議な、モヤモヤした気持ちになる祭りでした。

あがた祭りは、戦前までは「種貰い祭」と言われていました。お渡しを待つ間、真っ暗闇の中、男女が雑魚寝して、相手も見えないまま行為に及ぶわけです。

そこで妊娠して子が生まれると、神様からの授かりものとして大切にされました。

戦後はそのような風習はなくなりましたが、今もなんとなく怪しい感じが漂うのは、その時代の名残かもしれません。

縣神社

宇治の縣神社です。平等院の南門から100メートルくらいの所にあります。


県(あがた)とは、大和王権の地方組織です。縣神社は、当時宇治が属した栗隈県《くりくまあがた》の守護神として創建されたようです。

永承7年(1052)関白藤原頼通が平等院を建立するにあたり、平等院の鎮守の社としました。祀られている木花開耶姫命《このはなさくやひめのみこと》は良縁・安産の神として信仰されていることから、縁結びの神社としても信仰されています。

6月5日夜から翌6日未明にかけて行われる縣祭りは、真っ暗闇の中で行われ暗夜の奇祭と呼ばれています。

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京都在住の左大臣光永が、近畿を中心に史跡・名所を音声つきで紹介し、その場所にまつわる歴史や伝説などを語ります。楽しみながら深く立体的な知識が身につきます。

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