銀閣寺を歩く(二)

こんにちは。左大臣光永です。台風情報に一喜一憂するものいい加減疲れ果て、いい加減にしてくれの感もある昨今。いかがお過ごしでょうか?

まずは前々回の訂正です。「京都大学は部外者が立ち入るとつまみ出されそうな雰囲気があったので…」そんな内容をしゃべったのですが、元京都大学教員の方からメールをいただきました。京都大学はもともと自由な校風で、周囲に開かれていますと。

部外者の出入りも自由で、学食やラウンジでの飲食も可能だということです。たいへん失礼いたしました。訂正してお詫びいたします。次回立ち寄った際は必ず、京都大学のワインを飲んでいきます。

さて本日は前回の続き「銀閣寺を歩く(二)」です。

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観音殿(銀閣寺)
観音殿(銀閣寺)

応仁の乱

八大将軍足利義政には跡取りがいませんでした。そのため義政は弟がすでに出家していたのを還俗させ、義視(よしみ)と名乗らせ、養子にした上で跡取りとします。

ところが翌年の寛正6年(1465年)、義政と妻日野富子(ひのとみこ)との間に嫡男(後の義尚よしひさ)が生まれます。日野富子としては当然、自分の腹を痛めた嫡男のほうを将軍にしたいのです。

「あなた、将軍は義尚です」
「ううむ。そうはいっても、すでに弟を将軍にするって約束したからなあ」
「なんですグズグズ言って。あなた、わが子と弟と、どっちが大事なんですツ」

夫の煮え切らない態度に、話にならんと見た日野富子は有力大名の山名宗全に協力を求めます。一方、義政の弟・義視を擁立する一派は細川勝元に協力を求めます。

応仁の乱
応仁の乱

こうして、足利義尚を擁立する山名宗全を中心とする西軍。
足利義視を擁立する細川勝元を中心とする東軍。

両者の対立は全国の大名を巻き込んだ大バトルに発達します。応仁の乱です。

足利義政の隠居と晩年

応仁元年(1467年)から文明9年(1477年)まで11年間に及んだ戦いで、京都の町は焼き尽くされました。足利将軍家の邸宅であった花の御所も消失し、現在ほとんどその跡を留めません。

足利義政は応仁の乱の最中の文明5年(1473年)、東軍の細川勝元、西軍の山名宗全が死んだことを機に、将軍職を息子の義尚(よしひさ)に譲り、隠居します。

「わしはもう政治というものが、つくづくイヤになった。今後は趣味に生きるよ」

義政はうち続く戦乱にすっかり嫌気が差し、政治に関わる意欲を失っていました。その後は、趣味の世界に没頭していきます。応仁の乱後の文明14年(1482年)東山に銀閣寺の前身である東山殿を建てたのは、義政の趣味的活動の最たるものでした。

「あなた、何を考えているのですか。こんなムダな出費を!
目下幕府は、財政難なのですよ!」

「知らん知らん。政治のことはもう、皆にまかせる。
晩年くらい、好きにやらせてくれ」

文明14年(1482年)義政は出家して正式に政治の場から引退しました。延徳2年(1490年)東山殿の完成を待たずして亡くなりました。享年55。

義政の優柔不断こそが11年間にわたる応仁の乱を招いた元凶なのですが、その責任を取ることは一切なく、趣味生活を満喫し、大往生を遂げました。

何事も 夢まぼろしと 思い知る 身には憂いも 喜びもなし

辞世です。なんというか…無責任ここに極まるといった感じですね。ここまで来ると、清清しささえ覚えます。

こういう、かなり困った人が築いた銀閣寺というものが、今日まで世界中から多くの観光客を呼び続けているというのは、なんとも感慨深いことです。

義政の美的感覚

政治的には無能・無関心をきわめた義政ですが、文化においては、日本美術史の上に大きな功績を残しています。

銀閣寺や茶の湯、連歌に代表される東山文化を築き上げ、日本人の美意識を掘り起こしましたことです。もともと日本人は、水墨画のようなしぶい世界をよしとする感性を持ってはいました。

金閣寺のキンキラキンをむしろ下品と感じ、銀閣寺のしぶさこそよしとする感覚です。しかし、そういう日本人の美意識をあらためて形として掘り起こしたのは、義政の功績です。高く評価されるべきものです。

中国ではすでに忘れ去られていた宋末期から元にかけての画家・牧谿(もっけい)の水墨画を見出し、茶碗においても義政のほめた茶碗は後世も人気が高く「大名物(おおめいぶつ)」と言われ織田信長や豊臣秀吉も愛好しました。

裏山

さて、雄大な銀沙灘やワビサビの観音殿もいいですが、銀閣寺でおすすめは、裏山の散策です。

修学旅行生たちの後について竹の欄干のついた石橋をわたり、裏山に足を踏み入れ、山道を登っていきます。

銀閣寺 裏山へ
銀閣寺 裏山へ

ちろちろと滝水が流れ落ち、あたりは苔で一面覆われ、空気がヒンヤリします。

銀閣寺 裏山
銀閣寺 裏山

苔というものは、こんなにヒンヤリするのかと、ビックリです。

銀閣寺 裏山
銀閣寺 裏山

小雨が降る中なのでなおさらでしたが、考えてみれば、あんな一面ウワーーッと苔が覆っている。あの全部から、酸素が噴出している。そりゃあ空気も清浄に、なります!

銀閣寺 裏山
銀閣寺 裏山

手入れをしている植木業者の方が忙しく立ち働いており、この優雅な景色を維持するには大変な努力があるのだと頭が下がります。

銀閣寺 裏山
銀閣寺 裏山

銀閣寺 裏山
銀閣寺 裏山

銀閣寺 裏山
銀閣寺 裏山

裏山の高い位置から観音殿と、京都の町並みを見下ろします。

銀閣寺 裏山
銀閣寺 裏山

こんもりとクジラの背中のように見えているのは、吉田山です。古来神のいます神聖な山とされました。銀閣寺から見えている側の裏側には、ふもとに吉田神社、そして京都大学があります。

はるかに眺めるのは、いい気分です。

最後に商品のご案内です。

聴いて・わかる。日本の歴史~平安京と藤原氏の繁栄
http://sirdaizine.com/CD/HeianInfo1.html

「定年して時間はたっぷりあるし、何か有意義なことに時間を使いたい」

そう考えて歴史の勉強を始める方が多いようです。京都や奈良の観光地には、熱心にガイドさんの説明を聞く中高年の方々の姿が必ず見られます。そうです。歴史を学べば、旅が楽しくなるのです!

今まで何度も訪れた寺や神社。「いまさら…」といわず、その場所に関わる歴史を紐解いてみてください。そんな深い歴史があったのか。物語があったのかと、新たな発見がいくらでもみつかります。

また、個々の場所や人物に関する知識を得る一方で、古代から現代を通しての「通史」をざっと眺めておき、その中で、この時代やこの人物は、どういう位置づけなのか?歴史全体の中で見渡す視点が必要と思います。

この商品は「語り」により歴史の名場面を再現し、楽しんで聴いているだけで自然に歴史の知識が身につくようになっています。リンク先で無料のサンプル音声を公開していますので、ぜひ聴きにいらしてください。

本日も左大臣光永がお話ししました。ありがとうございます。
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