百人一首で歩く金閣寺

こんにちは。左大臣光永です。今月から京都に移住しました。昼も夜もソワソワして、仕事にならなくて困ってます!だって外は京都ですからね!どこを見渡しても、歴史があり、神社仏閣があり、あっちも行きたい。こっちも行きたい。パソコンの前で座ってるのが勿体なくなります。夜は夜で河原町や京都駅に飲みに行くので!ちっとも仕事がはかどりません。困ったもんです。

さて本日は、「百人一首で歩く金閣寺」です。

金閣寺こと鹿苑寺金閣。修学旅行の定番コースですね。西に衣笠山、北に大文字山を負い、自然の景観を活かした境内に、鏡湖池に浮かぶ金閣が、年間を通して観光客の目を楽しませています。

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バス亭金閣寺前で降ります。すでに大変な賑わいです。活気があっていいですね。


強烈な蝉しぐれの中、参道を進んでいきます。それにしても周りから聞こえてくるのが外国語ばかりです…


金閣寺の歴史

花さそふ嵐の庭の雪ならで
ふりゆくものはわが身なりけり

鎌倉時代、藤原氏の末流・西園寺(さいおんじ)家は権勢を極めました。西園寺公経(さいおんじ きんつね)は鎌倉幕府北条氏とのつながりを強め、また日明貿易で利益を上げました。京都北山の地には、西園寺家の豪勢な山荘が築かれました。

「花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり」…山風が吹いて庭の花が雪のように降り続ける。しかし「ふる」といえば私の身のほうだ。わが身は年老いていくのだ。

この歌は栄華を極めた西園寺公経が、晩年の実感を詠んだものです。百人一首の96番に採られています。

権勢を極めた西園寺家。

しかし、西園寺家は北条氏との結びつきで勢い伸ばしていったわけですからね。次の足利時代になると、当然、没落します。華やかだった西園寺家の北山山荘も、日に日に荒れ果てていきました。

そこに目をつけたのが!誰ですか。

そうです。

三代将軍。足利義満です。

足利義満は西園寺家から北山の山荘を買い取り、応永4年(1397)この地に、「北山殿」を造営しました。今日「金閣」として知られる黄金の建物をはじめ絢爛豪華な北山殿のたたずまいは、「北山文化」の代表として、今日まで伝わっています。

応永15年(1408)、義満の死後、息子の四代将軍義持(よしもち)が義満の遺言によって禅寺にあらため、義満の法名「鹿苑院殿(ろくおんいんどの)」から「鹿苑寺」としました。

その後、応仁の乱や戦国時代の戦火で伽藍の多くは燃えてしまいましたが、金閣だけは生き延びました。しかし、昭和25年(1950)放火によって焼失し、現在の金閣は昭和30年(1955)に再建されたものです。

三島由紀夫の『金閣寺』は、金閣寺に放火した学僧をモデルにした小説です。

無学の経

総門をくぐります。


受付のそばに、「無学の経」なかなか味わい深いこと書いてあります。


無学の経

咲く花の
露のみづけさ
鳴く鳥の聲のさやけさ
雲閑に
水藍をたゝふ
誰が説きし
無学の眞言(まこと)
山清く
そめなす木立
谷深く
たまちる流れ
風そよぎ
月すみ渡る
ひとりよむ
無学の眞言(まこと)

出典は不明ですが、

「なかなかいい文書だなあ…」

そんなふうにシミジミしていると、キョウレツな中国語が響いてきて、極楽の瞑想は一気に破られました。

金閣

鏡湖池のほとりにたたずむ、金閣です。


鏡湖池南からがベストな撮影ポジションですが…なかなか位置を取るのが難しいですね。ものすごく人が多いので。

水面に映り込んだ金閣も見事です。この日はちょっと風があってさざ波がありましたが、風が凪いでる日はキレイに映り込むでしょうね。


第一層(初層)は法水院(ほうすいいん)。藤原時代の寝殿造り風の造りです。

第二層は潮音堂(ちょうおんどう)。鎌倉時代の武家造です。

第三層は究竟頂(くっきょうちよう)。禅宗仏間造。


二層・三層には金箔を置き、屋上には金銅製の鳳凰がたたずみます。

それにしても…蝉しぐれとともに中国語しぐれが…うねりにうねってます。まあ、足利義満は大の中国かぶれでしたからね。もう自分が中国人になりたいという勢いでしたので。今日、こんなにも中国人観光客が金閣寺に押し寄せているに情況は、喜んでるに違いないです!

雨上がりの晴れた空で、雲がサーーと速く動いていて、それを背景に、屋根の上の鳳凰像もよりいっそうキランキランに!耀いて見えました。


足利義満の黄金趣味

足利義満には好きなものが三つありました。

黄金。花。美少年。

黄金について。足利義満の黄金趣味は、早い段階からあらわれていました。康暦2年(1380)正月、後光厳上皇の七回忌の法要が行われた際、その儀式の中で「散華」といって花びらを散らすわけですが、

普通は紙や布を裁断した花びらを散らすわけですが、足利義満はなんと、金や銀の花びらを散らしました。足利義満の何と派手派手しいことじゃ。人々は目を見張ったことでしょう。後に北山第金閣につながっていく足利義満の黄金趣味はこんな早くから始まっていました。

花について。特に北山第・金閣に住み始めてからは、春は各地で花見。秋は紅葉見物。北山第の庭には各地から取り寄せた桜を植えて、年ごとに花の宴を楽しんだということです。

そして、美少年。稚児が好きだった。後に、わが子足利義嗣が天台宗の門跡寺院に入っていたのを還俗させて、偏愛しますが、これは義嗣がたいへんな美少年だったせいだとも言われます。

銀河泉(ぎんがせん)・厳下水(げんかすい)

では金閣北側の丘に登ります。

金閣のベストアングルは鏡湖池南側から見た、つまり正面から見た金閣ですが、この丘から見る金閣も「見返り金閣」といって人気があります。


道すがら見えてくる銀河泉(ぎんがせん)は、足利義満がお茶の水に使ったという泉です。今もちろちろと清水が流れ、涼しげな雰囲気です。


そばにある厳下水(げんかすい)は義満が手を清めたと伝えられます。


安民澤(あんみんたく)

しばらく歩くと、パッと景色が開けて、湖があります。安民澤(あんみんたく)です。


ここは足利義満以前にこの地を持っていた西園寺公経の屋敷の跡と言われます。池の中央にある小島に立つ五輪塔は白蛇の塚(はくじゃのつか)といい、西園寺家の鎮守だったと見られています。

夕佳亭(せっかてい)

しばらく行くと、茶室・夕佳邸です。


江戸時代、後水尾天皇の臨幸に際し、当時の鹿苑寺住職が茶人・金森宗和(かなもりそうわ)に命じて作らせたといいます。

南天の床柱・萩の違い棚で知られ、その名は「夕日に映える金閣が佳い」から来ています。入母屋造りの茅葺屋根が厚いコケで覆われ、趣ある佇まいです。

金閣寺 夕佳亭 南天の床柱
南天の床柱(写真中央の曲がりくねった柱)

金閣寺 夕佳亭 萩の違い棚
萩の違い棚(写真中央のテーブル状のもの)

不動堂茶所

出口近くにある不動堂茶所で、抹茶をいただきました。


ついてくるお菓子は金閣寺の図柄があしらってあり、金箔が押してある。なかなか景気がいいじゃないですか。


ではもう一度、足利義満の前に北山山荘を持っていた西園寺家の、西園寺公経の歌を

花さそふ嵐の庭の雪ならで
ふりゆくものはわが身なりけり

唱えつつ、金閣寺を後にします。帰りの石段も、なかなかいい雰囲気です。



三條天皇北山陵

さて金閣寺に来たなら、すぐ近く、大文字山のふもとの三条天皇の陵(三條天皇北山陵)も訪れたいところです。道すがら、左大文字が間近に見えます。


三条天皇(三条院)の歌は百人一首68番に採られています。

心にもあらでうきよにながらへば
恋しかるべき夜半の月かな

第67代三条天皇。63代冷泉天皇の第二皇子。


寛和8年(1011)、66代一条天皇崩御にともない位につきました。

三条天皇の治世は、さまざまな不幸が相次ぎます。内裏が火事で二度燃えたり、三条天皇自信、眼病を患われました。今でいう緑内障と思われます。

しかも、三条天皇はしつようなイジメを受けました。誰にですか。藤原道長にです。道長は、先代の一条天皇と自分の娘彰子との間に生まれた敦成(あつひら)親王を、さっさと即位させたいわけです。


そのためには現役である三条天皇がジャマです。執拗に、嫌がらせをしてきます。

「あまり政務に励まれましては、御眼に障ります。
しばらく御休みになられたほうがよろしいかと」

「道長!我に退位せよと言うのか」
このような不幸が重なり、三条天皇はすっかり沈み込んでしまわれました。

十二月の月の明るい晩、三条天皇は中宮妍子と語らっておられました。

「妍子、私はもう位を降りようと思う。すっかり嫌になったのだ。
道長殿のことだけではない。私の目はすっかりおとろえてしまった。
月の光だけを頼りに生きていっても、この先どうなるのか…」

心にもあらで憂き世に長らへば
恋しかるべき夜半の月かな

深い苦悩、現世への絶望感がにじみ出ています。三条天皇をおそったさまざまな不幸と、その苦悩を考えるとき、いっそう胸に迫る歌です。

長和5年(1016年)年、三条天皇はわが子・敦明親王を皇太子に立てることを条件に位を降り、道長の孫である敦成親王が後一条天皇として即位しました。

眼病を患っておられましたけどもね三条天皇、あの世では御目もよくなって、北山のこの美しい景色をご覧になっておられると思います。


本日は金閣寺と、近くの三条天皇北山陵を訪ねました。明日は、「船岡山に登る」です。お楽しみに。

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