犬山城を歩く

こんにちは。左大臣光永です。先日、静岡で講演してきました。「徳川家康の生涯」今回は三回目。小田原征伐から関ヶ原合戦まででした。きてくれた方々、ありがとうございます。

講演後、近くの寿司屋で新年会でした。今回は長期戦の構えでゆっくり飲んだので、その後の二次会、三次会までもちゃんと記憶がありました。飲むスピードをコントロールするのは大切だなと、思いました。

本日は愛知県の犬山城を歩きます。木曽川のほとりにたたずむ犬山城は李白の詩になぞらえて「白帝城」と呼ばれました。徳川家康と羽柴秀吉の間で戦われた「小牧・長久手の合戦」の時、羽柴秀吉が拠点としました。今も城下町の風情がただよいます。

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本町

名鉄犬山線・犬山駅下車。西口から徒歩8分。本町(ほんまち)の入り口です。

犬山城の正面通りとして古くから呉服商や酒造業が軒をつらねる、賑やかな通りです。犬山城に遠いほうから、下本町(しもほんまち)・中本町(なかほんまち)・上本町(かみほんまち)といいます。

道すがら、

高札場問屋場 火の見櫓跡

史跡 敬道館跡

藩校の敬道館の跡です。八代城主・成瀬正住が建てました。現在の犬山北小学校につながっているそうです。

犬山市文化資料館
犬山の町や犬山城、犬山祭について展示があります。

犬山城

見えてきました。

犬山城の正面口です。右に針綱(はりつな)神社の大鳥居。左に三光稲荷(さんこういなり)神社の大鳥居。

まずは三光稲荷神社に参拝し、社殿の横の鳥居道に入ります。これが犬山城への近道です。

岩坂門

本丸に続く大手道です。

江戸時代には岩坂といい、ここに岩をまたいで岩坂門が立っていました。本丸入り口の鉄門まで曲がりくねった道が続いていました。

石垣ごしに天守が見えて、期待が高まります。

鉄門

鉄門(くろがねもん)。犬山城本丸の入り口です。

上に多門櫓を置く櫓門形式で、鉄鋲が打たれた頑丈な門です。

本丸

鉄門をくぐると、本丸です。土塁と石垣で囲まれた、犬山城の中心となる曲輪です。天守が正面にそびえます。

天守

天守は5メートルの石垣の上に立ちます。

外観三重、内部地上4階、地下2階。入母屋造の上に望楼をかぶせ、望楼型と呼ばれます。昭和27年に国宝に指定されました。

犬山城の歴史

犬山城は別名を「白帝城」といい、荻生徂徠が李白の詩「早発白帝城」にちなんで名づけたと伝えられます。木曽川をみおろす小高い丘の上に立つ平山城です。

天文6年(1537)織田信長の叔父である織田信康が城下町の南にあった木之下城を移して築城したのがはじまりと伝えられます。天守の創建年は天正年間、慶長年間と説があり、ハッキリわかりません。

山の段差を利用して5つの曲輪と13の櫓があり、背後に木曽川が流れ、鉄壁の守りを固めていました。

戦国時代から江戸初期にかけていろいろな城主が入りました。

天正12年(1584)小牧・長久手の合戦では羽柴秀吉が犬山城入り、これより南へ12キロの小牧山に陣する徳川家康と相対しました。

秀吉方は家康の本拠地・三河を突こうと、羽柴秀次を大将に、池田恒興・森長可を南へ向かわせます。これをいち早く察知した家康が軍勢を動かし、小牧山南東18キロの長久手で家康は池田恒興・森長可を討ち、戦死させました。

しかし家康と同盟していた織田信雄が羽柴秀吉と勝手に講和したために、それ以上戦いを続けられなくなり、家康はやむをえず秀吉との講和に応じました。

天正12年(1584)歴史に名高い小牧・長久手の合戦です。

小牧・長久手の合戦の後もいろいろな城主が入りますが、

元和3年(1617)尾張藩付家老・成瀬正成(なるせ まさなり)が二代将軍秀忠より犬山城を拝領してから、幕末まで成瀬氏が九代にわたって城主を世襲しました。

※付家老…幕府→親藩へ、あるいは本家→分家へ、監督や補佐のために付けられた家老のこと。

明治4年(1871)廃藩置県で城の大半が取り壊しとなりました。しかし地元民の嘆願により天守は残されました。壊された櫓や門は県立公園になりました。

しかし明治24年(1891)の濃尾地震で倒壊。再建の予算が無いため、旧犬山城主の成瀬正肥(まさみつ)氏に修復を行うことを条件として移譲され、日本唯一の個人所有の城となりました。

平成16年(2004)財団法人犬山城白帝文庫に天守はじめ成瀬家所有の文化財が寄贈されました。管理は犬山市が昭和40年から行っています。

針綱(はりつな)神社

犬山城の帰り道、針綱(はりつな)神社に参拝していきます。

針綱神社は太古から犬山の峰に鎮座した産土神です。

もともと犬山城本丸の位置にありましたが、犬山城築城に伴い、犬山城東の白山平(はくさんぴら)に、慶長11年(1606)犬山市内の名栗町(なぐりちょう)に、明治15年(1882)現在の犬山城南の斜面に遷座しました。

犬山祭

犬山祭は針綱神社の祭礼です。毎年4月の第一土・日曜日に行われます。寛永11年(1634)城下に火事があり、その翌年、復興祈願のために始まったとされます。

高さ8メートルの車山(やま)が13輌、犬山町内を進みます。

車山(やま)はほかでいう山車(だし)のことですが、犬山では特に車山(やま)と呼んでいます。

13輌の車山がせいぞろいする「車山揃え」、13輌の車山が365個の提灯をいっせいに灯す「夜車山」、車上のからくり人形が笛・太鼓にあわせて舞を披露するなど見どころいっぱいです。城下町犬山の、春の風物詩です。

木曽川から犬山城をのぞむ

犬山城北側には木曽川が流れています。川越しに見る天守が見事です。

木曽川は古くから上流の木曽と下流の名古屋をむすぶ、流通の大動脈でした。ことに上流の美濃でとれる木曽檜を筏に乗せて運びました。

夏に行われる鵜飼も有名です。今より1300年前の起源といわれ、犬山では今から340年余前に三代城主・成瀬正親が始めたといいます。

あるきながらさまざまに撮影スポットを探すのが、楽しいです。

本日は愛知県の犬山城を歩きました。城下町の風情ただよう本町、歴史ロマンのただよう犬山城、針綱神社、見どころがいっぱいです。

次回は、京都の醍醐寺を歩きます。お楽しみに。

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66番前大僧正行尊~