京都生活初日~千本釈迦堂を訪ねる

こんにちは。左大臣光永です。去る8月1日より京都に移住しました。初日は夜中まで京都駅周辺で飲み、京都駅の大階段に登り、京都タワーを見やり、これから京都で暮らしていくぞという実感を強めました。

朝になって、近所をフラッと散歩して、驚愕しました。

まわりが名所旧跡だらけなんですよ!

北野天満宮、千本釈迦堂、平野神社、金閣寺、妙心寺、等持院、法金剛院、仁和寺…もうヤバいです。…はあはあ…こうして列挙してるだけで、ヨダレが出てくる!

いったい、どこから語ればいいのか!

むしろ一生かけても、平安京の豊かな文化を語りつくせないと、呆然としております。しかしまあ、一歩一歩が大事ですからね、本日は西陣に千本釈迦堂を訪ねます。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

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京都西陣にある千本釈迦堂は鎌倉時代の創建。本堂は応仁の乱を生き延びた京都最古の木造建造物です。吉田兼好『徒然草』の舞台として。また応仁の乱の時、西軍大将・山名宗全がこのあたりを陣地にしたことで知られます。

上七軒通り

バス停北野天満宮前下車。すぐ正面が北野天満宮です。8月5日からの七夕にあわせて、七夕の飾りつけが風に揺れていました。


今回はあえて北野天満宮を通り過ぎ、

北野天満宮右横の御前通《おんまえどおり》を北に向かって歩いていきます。


しばらく進んで右に入ると、京都最古の花街・上七軒《かみしちけん》通りです。


上七軒通りは北野天満宮の門前に発達した、京都で最も古い花街です。今出川通りから北野天満宮東門まで300メートルの間を町屋づくりの飲食店が立ち並びます。これぞ京都という雰囲気です。


町内の上七軒《かみしちけん》歌舞練場《かぶれんじょう》は、「北野をどり」で知られ、またこの時期《7-9月》は、園内の日本庭園をビアガーデンとして開放しています。今度飲みに行きますので、京都周辺の方はぜひご連絡ください。

家から歩いて10分の距離に、この通りがある!

毎日歩ける!

嬉しすぎます!!

私はこういう通りは、一年365日歩いても、まったく飽きないです。

むしろ歩いて歩いて歩きまくって、町の粘液を、足から全体に、滲みこませたい!!

しかも2日後に七夕祭りを控え、通り全体が楽しげな…

見てください!

郵便局も町家作りです。


もうこの郵便局に就職したくなってきました♪

千本釈迦堂

上七軒通りが今出川通りとぶつかった所で、Vの字型に曲がり、七本松通りを北に向けて歩いていきます。すぐに右に折れて、ちょっと行くと、左手に見えるのが、

千本釈迦堂として知られる、大報恩寺です。


千本釈迦堂こと大報恩寺は、西陣の町並みの中にある寺院です。

承久3年《1221》、義空上人が釈迦念仏の道場として小さなお堂を建てたのが始まりです。その後、応仁の乱《1467-1477》で伽藍は燃えてしまいましたが、本堂だけが奇跡的に残り、京都最古の寺院建造物として往時の姿をそのまま留めています。


入り口から思うより、境内はずっと広いです。

北野経王堂願成就寺

境内左手に北野経王堂願成就寺。


室町時代、中国地方に11ケ国を所有する有力大名・山名一族は、将軍足利義満の挑発に乗り、幕府に反乱を起こしました。

当主・山名氏清は内野ケ原《平安京大内裏》にて足利義満に討ち取られました。これが明徳三年《1391》明徳の乱という出来事です。

この明徳の乱により山名氏はそれまでの11ケ国所有から3ケ国所有までに減らされました。山名氏が勢いを取り戻すには、6代将軍足利義教の時代・山名宗全の登場まで待たねばなりませんでした。

明徳の乱の翌年、足利義満は山名氏清は背いたとはいえ山名一族への将軍家への奉仕は格別なことであったということで、また、敵味方の戦死者の霊をなぐさめるため、「北野経王堂願成就寺」という大きなお堂を建てて供養しました。

かつては大きなお堂でしたが、江戸時代に入り荒廃して、小さなお堂となってこの場所に遷されました。

敵味方の戦死者を供養ねぇ…

足利義満は自分から挑発して、戦をしかけたんですけどね…。

お堂の右手前には、山名氏清の武勲を称える碑が建ってます。


不動明王堂

北野経王堂願成就寺の反対側。境内右手にある不動明王堂は、山名氏清と、その子孫で応仁の乱の西軍大将・山名宗全、そして不動明王を祀ります。


阿亀塚

さらに右奥には、阿亀桜と、


阿亀塚があります。


当山開闢・義空上人は、本堂を作るにあたって洛中洛外に名の聞こえた大工の棟梁・長井飛騨守高次に依頼しました。工事はとんとん拍子で進んでいきました。しかし、ギリギリの所でミスがあったんですね。信者から寄進された大事な四天柱の一本を、間違って短く切りすぎたのです。

「えらいことになった」

慌てる長井飛騨守高次。夫の苦悩を見かねて、妻・阿亀《おかめ》は御本尊に祈りました。

「どうか夫を助けてください。かわりに私の命を差し上げます」

祈り続けた結果、ぱーーととアイデアが降ってきました。

「いっそすべての柱を切りそろえ、「ますぐみ」をもって高さをあわせたらいいんです」

「ますぐみ」とは、斗《ます》と肘木《ひじき》をくみあわせて柱の上に置き、軒桁を支える仕組みのことです。ようは、柱の高さ+ますぐみの高さで、柱短くしちゃったぶんの帳尻をあわせようという話です。

これがうまくいって、立派な本堂が完成しました。その上棟式の日。しかし一番の功労者である阿亀の姿はありませんでした。

ご本尊との契約によって、命を落としてしまったんですね。

身を犠牲にしてまで夫の名誉を守った、まことに阿亀さんは妻の鏡であると、義空上人は境内に阿亀を祀る塚を建てて阿亀を供養しました。この塚は誰言いともなく、阿亀塚と呼ばれるようになった、というお話しです。

強烈な蝉しぐれの中そびえる、阿亀多福像《おかめたふくぞう》。おだやかな笑みに、癒されます。

本堂

そして正面に見えるのが、本堂です。


応仁の乱の戦火を生き延びた、京都最古の木造建造物です。入母屋造。檜皮葺屋根。本尊の釈迦如来坐像は運慶の弟子・行慶の作です。

来る8月8日から、お盆の「六道まいり」という行事が行われるため、あちこちに看板が立てかけてありました。

千本釈迦堂は観光客が押し掛けるような所でもないので、その意味では静かです。蝉しぐれだけがキョウレツに響きます。

本堂内部です。


吉田兼好『徒然草』第238段に、舞台として登場します。2月15日の夜。月が明るく輝いていた。釈迦入寂の涅槃会の夜で、兼好は遅くなってから後ろから入っていった。

すると、一人の女が膝をすり寄せてくる。な、なんですかあなた、そんな、困ります。まあ、照れちゃっていいじゃないですか。女はいっそうすり寄ってくるので、こりゃまずいと逃げた出した。

ようは、ぼくちゃんモテて困りましたという自慢話です。うーんここで。吉田兼好、女にすり寄られたかと、しみじみ感慨深いものがあります。

また内陣の柱には、刀傷・槍傷が生々しく残っています。


応仁の乱の時の傷だそうです。応仁の乱の昔が、こんなにハッキリ残ってることに驚きです。幕末とかならともかく…。

私、今回物件を決める時に、事故物件てどうなんですか?みたいな話不動産屋としましたら、まあ京都は応仁の乱でぎょうさん死にましたからねえ。ある意味京都全体が事故物件みたいなもんですわ。そんなお話でした。

霊宝殿

本堂の反対側は霊宝殿です。


快慶作・釈迦の十大弟子立像、定慶作・六観音像をはじめ鎌倉時代の彫刻が見どころです。が…とにかく暑かった!この時期ですからね。蒸すような暑さでした。涼しい時期に行くべき場所です。

というわけで、本日は京都西陣に、千本釈迦堂を訪ねました。

明日は、崇徳院を祀る白峰神宮を訪ねます。お楽しみに!

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と題しまして、

■おくのほそ道
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「おくのほそ道」の特典は解説音声「『おくのほそ道』への遠い道のり」全29回
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それぞれ、特典を付けて再発売します。
特典配布は8月14日までです。
お申込みはお早めにどうぞ。

(以前お買上げいただいた方には特典は無料でお送りしております。
「特典希望」とメールに書いてご連絡ください)

また、せっかく京都に行くことですから、
滋賀や嵯峨野など、芭蕉の足取りを追って私が歩き、
そのレポートもお届けする予定です。

お楽しみに。

本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうございました。