湯島聖堂を訪ねる

こんにちは。左大臣光永です。

本日池袋を歩いたら南池袋公園が数年ぶりにオープンしてました。おおっ、やっと工事終わったかあって感じです。ふさふさと緑豊かに芝生が生えていました。日曜日とて子供づれが多く、大繁盛していました。7年ぶりのオープンです。歩いていて、この7年でいろいろ状況変わったなあと、感慨深かったです。

さて先日再発売しました『論語 中国語・現代語訳つき朗読 for Windows』
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しばらくこの商品に関連して、『論語』関係の話をお届けしていきます。

本日は、「湯島聖堂を訪ねる」です。

▼音声が再生されます▼

http://roudoku-data.sakura.ne.jp/mailvoice/YushimaSeidou.mp3

湯島聖堂

東京メトロまたはJRの御茶水駅で下ります。


東京医科歯科大学前の外堀通りを下り、


聖橋を抜けると、


左に見事な築地塀が見えてきます。


湯島聖堂です。


湯島聖堂は、寛永九年(1632年)儒学者・林羅山が三代将軍徳川家光より上野忍ヶ丘(しのぶがおか)に与えられた土地に私塾と、孔子廟(先聖殿)を開いたのがはじまりです。

これら上野の私塾と孔子廟は明暦の大火(1657年)で焼失しましたが、元禄三年(1690年)文治政治を進める五代将軍徳川綱吉は、林羅山の私塾と孔子廟を神田に移築。先聖殿を大聖殿と改名し、この地に大学を築きました。綱吉自身が『論語』の講義をするほどの熱心さでした。

時は下って寛政2年(1790年)11代将軍家斉の時代。老中松平定信は朱子学を幕府の正式の学問とし、湯島聖堂で他の学問を講義することを禁じました。寛政異学の禁です。寛政9年(1797年)には林家の私塾を幕府直轄の学問所とし、孔子の出身地昌平郷(山東省済寧市曲阜)にちなみ、昌平坂学問所(昌平黌)と名付けました。

以後、幕末まで、昌平坂学問所では、朱子学が正式の学問として学ばれました。

明治維新により新政府の所轄となります。明治4年、文部省が設置され、ここに林羅山以来240年にわたる儒学校としの歴史は終わりますが、この年、日本発の博物館・国立博物館(現東京国立博物館・東京科学博物館)が設置され、ついで師範学校(現筑波大学)・女子師範学校(現御茶の水女子大)が設置され、近代教育発祥の地となりました。

もとの聖堂は四回の江戸の火事にあい、そのたびに再建されるも、大正12年(1923)関東大震災により入徳門・水屋をのぞく大方の建物が倒壊してしまいました。現在の建物は昭和10年(1935年)コンクリート製の建物に再建されたものです。

正門~仰高門

正門をくぐります。すぐ左手にそびえるのが仰高門です。


『論語』子罕(しかん)第九の「顔淵喟然歎曰、仰之彌高、鑽之彌堅(顔淵、喟然として嘆じ曰わく、これを仰げば弥々(いよいよ)高く、これを鑽(き)れば弥々堅し)」によります。

孔子の一番弟子の顔淵が、孔子のすばらしさを語った言葉です。先生のすばらしさはこれを仰げばいよいよ高く、これに切りこもうとするとますます堅くなると。


楷樹

その仰高門をくぐり、桜に癒されながら突き当りまで進むと、


楷の大木があります。


楷の木は山東省曲阜の孔子の墓に植えられているもので、弟子の子貢が植えたと伝えられます。枝や葉がしゃんと整っているので、書道の「楷書」の語源となったとも言われます。ガッシリ、のびのびと幹が四方に伸びているのが印象的でした。

孔子銅像

楷の大木から右に少し進むと、巨大な孔子像があります。



昭和50年(1975年)中華民国台北市ライオンズ・クラブからの寄贈されたものです。ほんとうに大きいです!木漏れ日の中にすっくと立っている感じが、なんとも味わい深いです。

入徳門

孔子像を後に、通路を先へ進みます。


右手に見えてくるのが入徳門です。


入徳門は、関東大震災を生き延び、もともとの聖堂の姿を今に伝えます。入徳とは、『大学』にある「子程子曰、大学、孔子之遺書而初学入徳之門也(子程子が曰わく、大学は、孔子の遺書にして初学の徳に入る門なり)」によります。

大学というものは、孔子の遺書のようなもので、学問をはじめた人が徳の道に入るための門なのだ。景気のいい金文字が、たのもしいです!


くぐります。

水屋

入徳門から杏壇門に至る道の途中、右手に、関東大震災を生き延びた水屋があります。



さっきの入徳門と、この水屋だけが、往時の聖堂の姿を伝える遺構ということになります。しみじみ、観察していきましょう。

杏壇門

石段を登った上にあるのが杏壇門(きょうだんもん)です。



杏壇門の先には大成殿の中庭が見えています。なんとも厳粛な感じです。

杏壇とは山東省曲阜にある孔子の教授堂(講堂)の遺跡のことで、宋の時代に周囲に杏を植え、門をかまえ、その門が「杏壇門」と名付けられたことに由来します。くぐります。

大成殿

正面に孔子を祀る大成殿があります。


大成とは『孟子』万章下「孔子聖之時者也、孔子之謂集大成(孔子は聖の時なる者なり。孔子、これを集めて大成すと謂ふ)」によります。

孔子は、時代を越えた聖人だ。孔子はそれぞれの時代の聖人たちの特長を集めて集大成したような人物であった。孟子がさまざまな聖人の特長を論じているくだりで、孔子を絶賛しているわけです。

殿内に安置されている孔子像は、明末の遺臣・朱舜水が亡命する時にかついできたものと伝えられます。新年四日間だけ公開されているようです。

左に西廡(西回廊)、


右に東廡(東回廊)、


そして広い前庭があります。神社とも寺とも違い、独特の雰囲気です。

ああ…勉強せねばなァという気分が高まります!そこで!

斯文会館

仰高門まで戻って右を見ると、斯文会の建物・斯文会館があります。


斯文会は東洋の学術文化振興を目指し明治13年(1880年)岩倉具視と谷干城が創設した斯文学会がはじまりで、これが発展して大正7年(1918年)財団法人斯文会となったものです。

ここ斯文会館では誰でも参加できる生涯学習講座が多数、開催されています。論語の素読、漢詩、『史記』『易経』『老子』『孫子』『三国志』、古文書の解読など、魅力的な講座がそろってます!お値段も一年間10回の講義で1万から2万と、お手ごろです。

親子で参加できる親子講座や、通信講座もあります。漢詩・漢文に興味がある方はパンフレットを見ているだけでもワクワクすると思いますよ!私もさっそく『老子』講座に申し込んでみました。

湯島聖堂の文化講座
http://www.seido.or.jp/cl01/reslut.php?word=ZA#lecture

斯文会館の位置から、向こうにニコライ堂のドームが見えるのが、いい感じでした!


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明日は「『論語』と松平定信」です。お楽しみに。

本日も左大臣光永がお話しました。ありがとうございます。ありがとうございました。