こんにちは。左大臣光永です。日増しに寒くなっていきますが、いかがお過ごしでしょうか。
私は冬の早朝のピリッと全身ひきしまるような緊張感が好きなので、
毎朝5時に起きて近所を散歩しています。けっこう散歩している人が多くて、楽しいです。
さて先日発売した新商品「百人一首 全首・全歌人 徹底解説」ですが
https://sirdaizine.com/CD/Ogura100info.html
ようやく発送作業が一段落つきました。ご注文いただいた方は、
順次お手元に届くはずですので、しばらくお待ちください。
しばらくこの商品にあわせて、また年末年始ということもあり、
百人一首の話題をお届けしていきます。
今回は和泉式部の二回目です。
▼音声が再生されます▼
http://roudokus.com/mp3/Shikibu02.mp3
が、…その前に前々回の訂正があります。
待賢門院が出家した理由について、「近衛天皇を呪詛した噂を立てられた」ことを
私は言いましたが、これは私の勘違いでした。
近衛天皇の崩御(1155年)は待賢門院の出家(1142年)より10年以上後のことです。
待賢門院が出家した時点で、近衛天皇はまだ3歳です。
近衛天皇を呪詛して天狗像の目のとこに釘を打ち付けた疑いをかけられたのは
藤原忠実・頼長父子であり、待賢門院とは関係がないです。
私は待賢門院と藤原忠実・頼長のエピソードをごっちゃにしてしまっていました。
訂正してお詫びいたします。ご指摘くださった方々ありがとうございました。
さて、
美貌の和泉式部は、モテました。
「なあ、いいじゃないか式部」
「そんな、宮さま、私など、身分違いですわ。
宮さまには、もっとふさわしい方が…」
「身分など!ぼくは式部のためなら、身分なんて
捨てたってかまわない」
式部に言い寄ってきた相手は、
冷泉天皇第三皇子・為尊親王《ためたかしんのう》。
皇族です。宮さまです。
対して和泉式部の大江家は中流貴族に過ぎません。
身分違いの恋でした。
しかし為尊親王の求婚はあまりに情熱的で、
その上、式部の夫橘道貞《たちばなのみちさだ》は
赴任先で浮気をしている様子でもあり、
そのことも式部の背中を押します。
こうして和泉式部と為尊親王、二人の関係は深くなっていきます。
しかし。
和泉式部が為尊親王とつきあっていることは
すぐに式部の父・雅致《まさむね》に発覚してしまいます。
娘の身分違いの恋に、怒り狂う父・雅致。
「お前は!宮様とそんなことになってしまって!
なにを考えているのだ!」
「身分なんて、関係なく、宮さまは私を、愛してくださいます」
「ばかな。話にならん!お前のようなわからない女は
大江家にはいらん。出て行けーーっ」
父雅致は怒り狂い、とうとう式部を勘当していまいました。
「もう後には戻れない…
私は、どこまでも宮さまについていきます」
ひしっ…
恋人・為尊親王の腕にすがりつく和泉式部。
弾正宮為尊親王はこの年26歳。式部も同じ年くらいだったと思われます。
為尊親王は子供の頃から美貌の貴公子として知られていましたが、
一方、ほうぼうで恋人をこしらえている浮気者としても有名でした。
(そこが心配なのだけど…大丈夫よね。
この人についていって、大丈夫よね。
だって、もうどうしようもないんだし)
しかし、為尊親王は腫れ物をわずらっていました。
長保4年(1002年)式部と付き合いはじめてから
1年くらいで、帰らぬ人となってしまいます。
伝染病が蔓延する平安京を、夜ごと式部のところへ通いつめたため
体をやられてしまった、という説もあります。
「あああ!宮さま!」
夫からは絶縁され、恋人為尊親王も失い、親からも勘当され…
一人残された和泉式部は、抜け殻のようになってしまいました。
なにをするでもないまま、ボンヤリと10カ月を過ごします。
そのうちに四月十日すぎになり、木々の梢の下の影も、
緑がだんだん濃くなってきました。築土の上の草も青々としてきて、
人は特に目にも留めないものの、式部の目には宮様とすごした
緑多い季節がしみじみと思い出されるのでした。
ガサガサ…
「…誰?」
生垣の向うに人の気配がしたので式部はそちらのほうを見ます。
「式部さま、お久しぶりです」
「まあ、お前は…」
それは、亡き為尊親王にお仕えしていた小舎人童(少年の召使)でした。
式部はなつかしい顔を前にして、この10ケ月間の憂鬱も少し晴れた気持ちがして、
言いました。
「どうして長い間訪ねてくれなかったの。
宮さまの思い出を語り合える相手は、もうお前しかいないのに…
今はどうしているの?」
「心細い立場ですし、ヒマですから、亡くなった兄宮様のかわりにと、
今は弟君の帥宮さまのもとにご奉公に上がっております」
帥宮(そちのみや)敦道親王(あつみちしんのう)。
亡くなった冷泉天皇第三皇子為尊親王の弟君で、
第四皇子の敦道親王です。
「まあそうなの。弟宮さまはずいぶんお上品でいらっしゃるそうだから、
兄宮さまのようにはいかないでしょうね」
式部は、身分の低い自分ともわけへだてなく接してくれた亡き恋人・
為尊親王のことを思い出しながら、ちょっとイヤミに言いました。
「そんな、式部さま、
弟宮さまは、式部さまのことを心配していらっしゃるんですよ。
様子を見てくるようにと、これを賜ってまいりました」
すっと差し出されたのは、白い橘の花でした。
受け取った和泉式部は、
「昔の人の…」
思わず、つぶやきます。
橘といえば、
五月待つ 花橘の香をかげば
昔の人の袖の香ぞする
という『古今集』の有名な歌があり「昔の恋人」に結びつく
イメージなんですね。
弟宮の敦道親王は、式部がいまだ昔の恋人を忘れられず心悩んでいることを
気にかけて、こういうはからいをしてくれたのでした。
「式部さま、私はそろそろ帰ります。
宮さまに、何と申し上げておきましょうか」
「えっ…返事?」
式部は、へたに歌のやり取りなど始めては間違いのもとだと思いつつも、
でも弟宮さまは女ったらしの評判も聞かないし、まじめな人だろうから、
それにただ、歌の上でのことだけだからと、童に歌をたくしました。
薫る香によそふるよりはほととぎす
聞かばやおなじ声やしたると
(橘の香りにことよせて私にうかがいを立ててくださいましたが、
それよりも知りたいものです。あなたのお声は亡くなった兄宮さまと
同じお声なのかと)
「それで、式部は、どんな様子だった?」
三条の館で、敦道親王は縁側に座ったまま、
童からの報告を待ちかねていました。
「宮さま、式部さまから、このように
文をたまわってまいりました」
「ほう、文とな…」
受け取った敦道親王は、はらりと文を開き、
「ほうほう、ううーむ…なんと優雅な詠みっぷりだろう。
亡き兄上があれほど入れ込んでいたのもわかる気がする。
和泉式部…どんな女性なのだろう」
などと言いつつ、返しました。
おなじ枝に鳴きつつをりしほととぎす
声は変わらぬものと知らずや
同じ枝にとまって鳴いているほととぎすのように、私たち兄弟の声は同じですよ。
知らなかったんですか?
こうして歌のやり取りがはじまり、やがて男女の仲となっていきます。
和泉式部より4歳ほど年下の敦道親王は、
和泉式部の妖艶な魅力にすっかりハマってしまいます。
世間は噂しあいました。
「恋の手管にたけた和泉式部が、まんまと
若い親王をたぶらかした」と。
しかし敦道親王はそんな噂はお構いなしで、
夜ごと夜ごとに、「式部、式部」と情熱的に求めます。
衣の袖に香をたきしめ、車に乗り込み、がらがらと出かけていく敦道親王を
見送りながら、館の女房たちは、
「やあねえ宮さま、今夜もあの女のところかしら」
「亡くなった兄宮さまといい…そんな身分いやしい女の、どこがいいのかしら…」
ヒソヒソと言い合いました。
敦道親王の和泉式部への入れ込みようを見て、
子供時代からの教育係をつとめてきた乳母が、
敦道親王に口やかましく説教します。
「宮さまもお若いのですから…女のもとに通うなとは申しません。
ですが、よりにもよってあんな身分いやしい女のところへ…
世間では、あの女のことをなんと言っているかご存知ですか?
次々に男をひっぱりこんで、破廉恥きわまりない遊び女だと!」
「やめてくれ、そんな言い方は。式部は、そんな悪い女じゃないよ」
「宮さまはお若いので、まだおわかりにならないのですよ。
女の中にはずいぶんたちの悪いのがありますからねえ。
せめて、お通いになるのではなく、お館に召し上げたらいかがですか。
そうだ。それがよろしいです!
館で召し使っている下女、という形にすれば、世間もそう悪くは言わないでしょう」
「お前は二言目には世間、世間だ。やってられないよ」
しかし、このままでは式部との関係を続けづらいことは、敦道親王もよくわかっていました。
また式部は親から勘当され、身寄りの無いことであり、
館に召し上げるのは式部にとっても悪い話では無いと思いました。
「よし。式部に来てもらおう。私の館に」
しかし、大きな問題がありました。
館には敦道親王の北の方(正妻)がいます。
そこへ和泉式部が入っていく…
ただで済むはずがありませんでした。
次回「和泉式部と敦道親王」につづきます。
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