樋口一葉「たけくらべ」の舞台・竜泉を歩く

こんにちは。左大臣光永です。

昨日上野駅を通ったら、みどりの窓口のそばに
巨大な熊手がかかっていました。浅草酉の市が近いですからね。
熊手には招き猫を中心に、左右に米俵、小判、鯛と縁起物が
これでもかと、むしろヤケクソなくらい縁起ものづくしでした。

というわけで、本日は樋口一葉の小説「たけくらべ」の
舞台となった下谷竜泉を歩きます。

前回の「本郷に樋口一葉旧居跡を訪ねる」も、あわせてお聴きください。
http://sirdaizine.com/travel/Hongo1.html

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本郷菊坂町から竜泉へ

明治25年(1892年)、樋口一葉は文学の師である半井桃水(なからいとうすい)の主催する雑誌『武蔵野』に「闇桜」を発表。同年『別れ霜』の新聞連載も始まり小説家としてスタートを切ります。しかし、生活はあくまで苦しく借金でしのぐ毎日でした。

本郷菊坂の下宿で、母多喜・妹邦子と共に針仕事や洗濯の内職をして生活を支えていましたが、とうとう金策も突き、生活が立ち行かなくなります。

明治26年(1893)年、樋口家三人は本郷菊坂から下谷竜泉町の茶屋町通りに面した長屋に引っ越し、荒物・駄菓子屋を始めます。隣は人力車の車屋でした。

仕事は駄菓子屋だけではありませんでした。

竜泉は吉原(新吉原)に近く、廓関係の仕事を兼業する人が多かったのです。一葉一家もたびたび跳ね橋を通って廓の中に入り、針仕事や洗濯などの仕事をもらいました。

商売は一年ほどで破綻し、一葉一家はふたたび本郷に戻りますが、山の手育ちの一葉には、下町の素朴な人情は、かつてない新鮮な経験だったことでしょう。

中にも、駄菓子屋に出入りする子供たちのことは、後に「たけくらべ」の人物造形に生かされます。ヒロイン美登利は、一葉がもっともお気に入りだった女の子がモデルになっています。

『たけくらべ』のあらすじ

樋口一葉『たけくらべ』。読んだことのない方もいらっしゃいましょうから、あらすじを言うと、ヒロイン美登利は吉原の花魁の妹で、器量がよく周囲から慕われています。

千束神社の夏祭りの夜、普段から表町組と仲の悪い横町組の長吉が表町組の正太郎の所に殴り込みをかけてきます。この事件で美登利も額に草履をぶつけられ、ケガをします。

美登利はこの事件の背後に龍華寺の跡取り息子・信如が糸を引いていたことを知ります。

「まあ信さん、なんてひどい!
でもまさか、あの信如さんが…」

信如は落ち着いた人格者で、周囲の子供たちに一目置かれていました。美登利はそんな信如を憎からず思っていました。それだけに、美登利は裏切られた思いが強いのでした。

ある雨の朝、美登利の家の前で信如が下駄の鼻緒が切れて困っていました。それを見た美登利は、紅入りの友禅の裂(きれ)を投げてやります。信如はそれと知りながら、恥しさからか、雨の中、足早に立ち去ります。「あっ…信如さん…」

さて鷲神社の酉の市以降、美登利は他の子供たちと遊ばなくなります。美登利が花魁として吉原に上がる日が、近づいていたのです。一方、信如が仏門に入る日も迫っていました。

ある日、美登利の家の格子戸に水仙の造り花が刺してありました。「これは真如さんの…」しかし、すぐに美登利は吉原へ。信如は仏門に入り、二度と二人が出会うことはなかった。切ない思い出だけが残った…そういう話です。

金太郎飴本店

では現在の竜泉を歩いていきましょう。


バス停三ノ輪駅前、もしくは東京メトロ日比谷線三ノ輪駅で下車。目の前で国際通りと昭和通りが交わっています。



その分岐点あたりに、金太郎飴本店があります。昔は樋口一葉の顔を金太郎飴状態にした「一葉飴」も売ってたそうですが、残念ながら今は生産していないそうです。一袋買って、舐めながら歩きます。

千束稲荷神社


国際通りから少し入った所には、「たけくらべ」の冒頭に描かれている、千束稲荷神社があります。

八月廿日は千束神社のまつりとて、山車屋台に町々の見得をはりて土手をのぼりて廓内(なか)までも入込(いりこ)まんづ勢ひ、若者が気組み思ひやるべし、聞かぢりに子供とて油断のなりがたきこのあたりのなれば、そろひの裕衣(ゆかた)は言はでものこと、銘々に申合せて生意氣のありたけ、

夏祭りの日、横丁組の長吉が、日頃から対立していた表町組の正太郎に襲撃を仕掛ける場面の書き出しです。この襲撃によりヒロイン美登利もケガをしてしまいます。



境内には真新しい一葉女史の胸像があります。凛と前を向いている感じです。

茶屋町通り 樋口一葉旧居跡


国際通りをしばらく歩くと、下谷三丁目の信号の所で左手に「樋口一葉記念館」の案内が見えますので、左に折れます。

この通りが茶屋町通り。樋口家が荒物・駄菓子屋を構えた通りです。道すがら、「樋口一葉旧居跡」の碑が立っています。

樋口一葉は明治26年(1893年)7月20日、本郷菊坂町から下谷竜泉に引っ越し、この界隈での見聞や経験をもとに、「たけくらべ」や「わかれ道」の着想を得ました。

鶉なく声もきこえて花すすき
まねく野末の夕べさびしも

一葉がここ竜泉界隈を詠んだ歌として案内板に掲げてありました。

台東区一葉記念館


さらに直進し、酒屋「マインマート」の所で左に折れ、しばらく進むと、台東区一葉記念館があります。以前行ったのは15年ほど前ですが、立派に建て替えられていて驚きました。平成18年に建物の老朽化に伴いリニューアルしたそうです。


展示物は、一葉が生きた当時の竜泉界隈の模型や、一葉自筆の原稿のレプリカ、一葉の文机など、見どころが多いです。



記念館前の公園には、「一葉女史たけくらべ記念碑」が建っています。

そのかみの美登利信如らも この園に
来あそぶらむか 月しろき夜を
佐々木信綱

一葉堂


一葉記念館の正面には、「木目込人形」を販売・展示してある「一葉堂」があります。「木目込み人形」とは、人形の芯となる木型に細い筋彫りを入れて、その筋彫りに接着剤を流しこみ、そこに目打ちなどで布を押し込んで、まるで服を着せるように、作る人形です。


店長さん(?)が、親切に実演してくれました。店内(というかアトリエですか)には、干支の人形やお雛さま、それに樋口一葉関係の人形が展示してありました。

最初は京都の上賀茂神社で始まり、江戸時代に江戸に伝わってきたということです。この日一葉堂では近所の主婦の方々を集めて教室を開いていらして、わきあいあいとした雰囲気でした。

次回は、物語のクライマックスとして描かれた
酉の市の、鷲神社を中心に歩きます。

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左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうございました。