松島と伊達政宗公遺訓
▼音声が再生されます▼
五大堂に渡る「透かし橋」も、
雄島に渡る「渡月橋」も、
震災で破壊されたということですが、きれいに修復されていました。
しかし所々に「ここまで津波が来ました」という表示があり
「ん?」と見ると壁の色が変わっていて、
震災当時の生々しさが伝わってきました。
本日は、松島観瀾亭のお話です。
観瀾亭(かんらんてい)
観瀾亭は、文禄年間に伊達政宗が
豊臣秀吉から拝領した伏見桃山城の一角を、品川の
藩邸に移築していたものを、二代藩主忠宗がそのままの状態で
松島に移してきたものです。
代々の藩主の月見処となりました。
現在は一般公開されており、
松島の海を眺めおろして、抹茶をいただくことができます。
雰囲気のある石段を登っていくと、
受付があり、
ここで入場料を払います。
加えて、抹茶とお菓子を注文しました。
亭内は18畳の間が2間あり、そのうち入り口から見て手前の部屋に
テーブルが並べてあり、ここで抹茶をいただいたり、
くつろぐことができます。
海に面した側は縁側になっていて、潮風を受けながら抹茶をすすり
菓子をつつくのは、いい気分でした。
室内では観瀾亭についての解説音声が控えめな音で流れており、
耳を傾けていると自然にうんちくを仕入れられるようになっています。
障子を隔てて奥は賓客の間です。ここは立ち入り禁止ですが、
障子は開け放たれているので中を覗くことができます。
なんというかキンキラキンです。
床の間にも襖にも
金箔が押してあって、桃山文化の極みという感じです。
床の間に描かれた渓流の絵は、伊達家お抱えの狩野派の
絵師の筆によるものだそうです。
ここで注目したいのが床の間に飾られた額です。
「雨奇晴好」
雨も奇なり。晴れて好し?と読むのでしょうか。
五代藩主伊達吉村公の筆によるもので、
蘇軾の詩「湖上に飲むすはじめ晴れ後に雨降る」を踏まえます。
松尾芭蕉は『おくのほそ道』の象潟の章で
この蘇軾の詩をふまえて書いています。
「雨もまた奇なりとせば、雨後の晴色またたのもしきと、
海人の苫屋に膝を入れて雨の晴るるを待つ」
つまり、雨が降ってきたが、雨だからといって、悪いことばかりじゃない。
蘇軾の詩にあるように雨もまた味わい深いものだ。そして
雨上がりの晴れ渡った空も、さぞ素晴らしいだろう、
などと言って、海辺の漁師の家で雨宿りを
しながら、雨が晴れるまでのワクワクして待つのです。
もっともこれは松島ではなく日本海側の象潟での文章ですが。
さて松島を歩いていて、どこに行っても目に入るのが、
伊達政宗公です。
伊達政宗公の歌をデザインしたTシャツ、マグカップ、
タオルなど、さまざまな形に
アレンジされて、そこかしこに伊達政宗公の影があります。
ここまで商売に活用されていることを、
草場の陰で政宗公も、さぞやお喜びでしょう。
「よきことよきこと。大いに稼げ
ガハハハ」
などと高笑いしているのが、私が抱く伊達政宗公の
イメージです。
観瀾亭にも、伊達政宗公の「遺訓」が
売ってありました(300円)。
仁に過ぐれば弱くなる。
義に過ぐれば固くなる。
礼に過ぐればへつらいとなる。
智に過ぐれば嘘を付く。信に過ぐれば損をする。
気長く心穏やかにして万に倹約を用いて金を備なうべし。
倹約の仕方は、不自由を忍にありこの世の客にきたと思えば何の苦もなし。
朝夕の食事うまからずともほめて食うべし。
元来、客の身なれば好き嫌いは申されまし。
今日の行を送り子孫姉妹によく挨拶して娑婆の御いとま申すがよし。
いいこと言いますなあ。
朝晩の食事がうまくなくてもほめて食うべしとは、
なかなか人間くさいこと言いますね。
「うまい、うまいぞ」
「殿、まことでございますか。本当はお口にあわないのでは」
「何を言うか、こんなにうまい飯はない。魚もうまい。豆腐もじゃ」
「殿は何でもうまいと言ってくださいますからなあ」
「うまいものは、うまいから、うまいと言うのだ。
ああ食がすすむわ。ごほっ、ごほっ」
「殿、大丈夫でございますか」
「なんの。こうやって、せき込むほど、うまい飯だと
言うことよ。天下の美味、これに尽きたりじゃ。ガハハ」
などと、伊達政宗公が高笑いしている図が、
私の脳内に、クッキリと浮かびました。
どんぐりころころの歌碑
そろそろ帰るかと出口にさしかかると、そこに
歌碑が。
「どんぐりころころ」の歌碑です。
童謡「どんぐりころころ」は松島出身の文学者・
青木存義(あおきながよし・1876-1935)先生が
文部省在職中在職中に松島での子供時代を思い出して作詞されたものです。
どんぐりころころ どんぶりこ
お池にはまって さあ大変
どじょうが出て来て 今日は
ぼっちゃん一緒に 遊びましょうどんぐりころころ よろこんで
しばらく一緒に 遊んだが
やっぱりお山が 恋しいと
泣いてはどじょうを 困らせた
本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。
次の旅「松島に霊場「雄島」を訪ねる」