醍醐寺を歩く(一)

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本日は醍醐寺を歩く(一)。醍醐寺は真言宗醍醐派の総本山。醍醐山(だいごさん)の全域に広がる広大なお寺です。

豊臣秀吉が行った「醍醐の花見」が有名で、毎年四月の第二日曜日には「醍醐の花見」を記念して「豊太閤花見行列」が行われています。

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地下鉄東西線・醍醐駅下車。

アル・プラザ醍醐の左の坂道を登っていきます。

徒歩約10分。見えてきました。

醍醐寺の総門です。くぐると、桜馬場(さくらのばば)とよばれる参道がのびています。

参道左に三宝院(さんぼういん)、右には霊宝館が築地塀に取り囲まれてあります。

醍醐寺について

醍醐寺は真言宗醍醐派の総本山。旧奈良街道の東にある醍醐山(だいごさん)の全域を寺域とします。寺域は山上の「上醍醐(かみだいご)」と山麓の「下醍醐(しもだいご)」に分かれています。

貞観16年(874)。弘法大師空海の孫弟子・理源大師聖坊(りげんだいし しょうぼう)が上醍醐に准胝堂(じゅんていどう)・如意輪堂(にょいりんどう)という2つの庵を建てたのが始まりです。延喜7年(907)、醍醐天皇の御願寺(ごがんじ)となりました。

つづく朱雀天皇・村上天皇からも信仰され、次々と伽藍が増えていきました。天暦5年(951)五重塔建立。永久3年(1115)三宝院創建。山上山下に広がる大伽藍が整えられました。

応仁の乱で荒廃しますが、慶長3年(1598)豊臣秀吉が正妻の北政所・側室の淀殿など引き連れて「醍醐の花見」を行ったことがきっかけで、豊臣家の保護を受け、義演僧正が再興しました。つづく徳川時代にも保護を受けました。

まずは参道左の三宝院(さんぼういん)に入りましょう。

入り口で三宝院・霊宝館・伽藍の共通券を売ってます(800円)。

三宝院は永久3年(1115)、醍醐寺第14代座主・勝覚僧正によって創建されました。以後、醍醐寺座主のすまいとして、醍醐寺の堂宇の中でも中心的役割をになってきました。

庭園は慶長3年(1598)3月15日に豊臣秀吉が行った「醍醐の花見」において、秀吉みずから設計したといいます。

庭園全体をみわたす表書院は寝殿造りの様式を伝え桃山時代を代表するものです。国の特別史跡・特別名勝に指定されています。

通常非公開の本堂(弥勒堂)には、運慶作・弥勒菩薩坐像が安置され、朝夕祈りが捧げられています。

醍醐の花見について

慶長3年(1598)3月15日、62歳の秀吉は醍醐で盛大な花見を開きました。正妻の北政所、側室の淀殿以下、側室の方々、前田利家の正妻・まつ、男では秀頼と前田利家のみが招かれました。

諸大名から女房女中1300人が集められ、茶屋が一番から八番まで立てられ、まことに盛大な宴となりました。この醍醐の花見こそが、秀吉の、そして秀吉政権の最後の輝きとなりました。

5ケ月後の慶長3年(1598)8月18日。伏見城にて秀吉は息を引き取りました。

桜馬場右手には霊宝館があります。

昭和10年(1935)の建造。醍醐寺の仏像・絵画・工芸品など10万点以上の寺宝、醍醐寺に関係した絵画、文書などを保存し、順次、公開しています。

快慶作・不動明王像は特に力強く、印象深いです。

伽藍エリア

西大門(仁王門)

桜馬場をつきあたりまで進むと、

豊臣秀頼の再建した西大門=仁王門があります。

門をくぐると、広大な醍醐寺伽藍が広がっています。

金堂

左に見えきました。金堂です。醍醐寺の本堂です。

慶長3年(1598)豊臣秀吉の命令で紀州湯浅の満願寺からの移築が計画され、2年後、息子の秀頼が実現しました。

入母屋造・本瓦葺の屋根はずっしり大きく感じます。本尊の薬師如来と左右の脇侍(きょうじ。本尊の左右に侍る仏像)は鎌倉時代の作です。

清瀧宮拝殿・本殿

金堂のはす向かいには、清瀧宮(せいりょうぐう)の拝殿と本殿があります。

下醍醐の鎮守の社です。三間社流造の簡素な社殿です。

五重塔

五重塔。

醍醐天皇の菩提を弔うため、息子の朱雀天皇が建立をはじめ、さらにその弟の村上天皇の天暦5年(951)、完成しました。

京都府下最古の木造建造物です。醍醐寺で唯一、創建当時の姿で残っている建物です。

午前10時30分と午後1時30分から、法要が行われ、中に入ることができます。

初層内部には両界曼荼羅の彫り物があり、密教の宇宙観を感じとることができます。

不動堂

不動堂。不動明王を祀ります。

真如三昧耶堂

真如三昧耶堂(しんにょざんまいやどう)。釈迦の涅槃像を安置します。入り口にある役行者像が浮世離れして、よいです。

祖師堂

祖師堂。弘法大師空海と、醍醐寺開山・理源大師聖坊(りげんだいし しょうぼう)の木造を安置します。

日月門をくぐると、

観音堂

左に観音堂。このあたりからもう、池の水音が響いてきます。

観音堂は西国第十一番札所に数えられています。毎日10時30分と14時に観音経を唱えます。池の水音とお経の声がよく調和して、いいかんじです。

弁天堂・無量寿苑

観音堂と池をはさんで弁天堂。

弁天堂の裏に無量寿苑。

やがてゲートが見えてきます。

ゲートをくぐると、上醍醐です。次回に続きます。

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