堅田を歩く

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こんにちは。左大臣光永です。

本日は滋賀県「堅田(かたた)」を歩きます。

堅田(かたた)は中世に琵琶湖の湖上交通の要衝として栄えました。近江八景のひとつ「堅田の落雁」で知られる「堅田の浮御堂」からの琵琶湖の眺めは、とても美しいです。

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祥瑞寺

JR湖西線・堅田駅下車。浜大津線(堅田町内循環バス)に乗り4分。堅田本町(かたたほんまち)下車。

堅田の集落に着きました。

祥瑞寺は臨済宗大徳寺派の名刹。

一休宗純が22歳から34歳まで修行した寺として知られます。

応永13年(1406)大徳寺派の僧・華叟宗曇(かそうそうどん)が祥瑞庵(現祥瑞寺)の住寺となりました。華叟宗曇は住寺となるや比叡山延暦寺の支配の強い堅田の地にあって、禅宗の普及にはげみました。

その頃一休は京都西山西金寺(さいこんじ)の謙翁宗為(けんおうそうい)のもとで修行していましたが、華叟宗曇の評判をきいて、いつかは教えを乞いたいと思っていました。

応永21年(1415)、一休21歳の時、師の謙翁宗為が亡くなります。一休は絶望のあまり、瀬田川に身を投げようとまでします。しかしすんでで引き戻され、自殺は思いとどまりました。翌年、22歳の一休宗純は、堅田祥瑞庵(現祥瑞寺)の門を叩き、華叟宗曇へ弟子入りを乞いました。絶望の底からの、ひるがえっての弟子入り希望でした。

ここ祥瑞庵に一休は8年を過ごし、その間、琵琶湖につないだ漁師の釣船で座禅している時に、カラスの声をきいて大悟を得ました。

松尾芭蕉は元禄3年(1690)9月、祥瑞寺を訪れ、

朝茶のむ 僧静也 菊の花

の句を詠んでいます。

伊豆神社

祥瑞寺のそばに、堀に囲まれて伊豆神社が鎮座しています。

宇多天皇の寛平4年(892)、諸国行脚の僧・法性坊尊意(ほっしょうぼう そんい)が三島明神(現 三嶋大社 静岡県三島市)を勧請したのが始まりと伝えます。

その後、村上天皇天暦3年(949)山城国加茂大神(かものおおかみ)(現 下鴨神社か)を勧請し、また、伊豆大権現と神田明神を祀り、堅田全域の総鎮守として崇敬されてきました。

平安時代、堅田は賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)の御厨(みくりや)となりました。御厨。どういうことか?下鴨神社へ鮮魚や鮒ずしを献上するかわりに、国司から雑役などを免除されていたのです。

下鴨神社という後ろ盾をえたことで堅田は琵琶湖の漁業権と交通権を握り、自治都市として大いに発展しました。

室町時代、伊豆神社を中心に宮座と呼ばれる自治組織が営まれ、堅田の町の自治に当たりました。

こうした堅田と下鴨神社の結びつきにもとづき、平成2年(1990)献饌供御人行列(けんせんくごにんぎょうれつ)が復興されました。神様に献上する食事(神饌しんせん)を運ぶ行列です。

毎年5月14日に、葵祭の前祭として、行列は堅田の神田神社から伊豆神社を経て、下鴨神社へ、神饌たるコイと鮒鮨を運びます(約26キロ)。歴史を残そうという強い努力が感じられ、うれしくなります。

満月寺 浮御堂

近江八景の一つ「堅田の落雁」で有名な「堅田の浮御堂」があるのは、満月寺(まんげつじ)。京都紫野大徳寺に属する臨済宗の寺院です。

※近江八景…
比良の暮雪
堅田の落雁
唐崎の夜雨
三井の晩鐘
粟津の晴嵐
瀬田の夕照
石山の秋月
矢橋の帰帆

長徳年間(995-999)比叡山横川恵心院の住寺・源信(恵心僧都源信)が、比叡山山上から琵琶湖を眺め、堅田の湖岸に一宇のお堂を建立することを発願し、一千体の阿弥陀仏を刻んで「千仏閣」「千体仏堂」と称し、湖上交通の安全、衆生救済を願ったのが始まりといいます。

南北朝時代、戦国時代の戦火で荒廃しましたが、江戸時代に再興されました。江戸時代から昭和9年までの浮御堂は、京都御所桜町天皇の御能舞台を下賜されたものでした。

現在の浮御堂は昭和9年の室戸台風で倒壊した後、昭和12年に再建されたものです。堂内に阿弥陀仏千体が安置してあります。

東に伊吹山、長命寺山(ちょうめいじやま、近江八幡市)、近江富士といわれる三上山、沖の島、西に比良連峰、比叡山が見渡せます。湖水を渡る涼風がとても心地よいです。

元禄4年(1691)8月、大津膳所(ぜぜ)の義仲寺(ぎちゅうじ)の草庵にいた松尾芭蕉は、弟子たちと仲秋の名月を楽しんだ翌日、船で堅田にわたり、十六夜月の宴を開き、

鎖(じょう)あけて 月さし入れよ 浮御堂

と詠んでいます(『堅田十六夜之弁』)。

浮御堂そばの琵琶湖に面した遊歩道に、『堅田十六夜之弁』の文学碑が立ちます。その一部を、読みます。

望月の残興なほやまず、二三子(し)いさめて、舟を堅田の浦に馳す。その日、申の時ばかりに、何某(なにがし)茂兵衛成秀(もへえなりひで)といふ人の家のうしろに至る。「酔翁(すいおう)・狂客、月に浮かれて来たれり」と、舟中より声々に呼ばふ。

月は待つほどもなくさし出で、湖上はなやかに照らす。かねて聞く、仲秋の望(もち)の日、月浮御堂にさし向ふを鏡山といふとかや。今宵しも、なほそのあたり遠からじと、かの堂上の欄干によつて、三上・水茎の岡、南北に別れ、その間にして峰ひきはへ、小山いただきを交ゆ。とかく言ふほどに、月三竿(さんかん)にして黒雲のうちに隠る。いづれか鏡山といふことをわかず、あるじの曰く、「をりをり雲のかかるこそ」と、客をもてなす心いと切(せち)なり。やがて月雲外に離れ出でて、金風(きんぷう)、銀波(ぎんは)、千体仏の光に映ず。

あるじまた言う、「興に乗じて来たれる客を、など興さめて帰さむや」と、もとの岸上に杯をあげて、

月は横川(よかわ)に至らんとす。

鎖あけて月さし入れよ浮御堂

やすやすと出でていざよふ月の雲

湖族の郷資料館

浮御堂、満月寺のそばに湖族の郷資料館があります。

堅田の歴史を伝える資料、堅田出身の喜劇俳優志賀廼家淡海(しがのやたんかい)についての資料が展示されています。

「湖族」は堅田衆をさす言葉で、平成に入ってからの造語です。平安時代、堅田は下鴨神社の御厨となり、下鴨神社の後ろ盾をえて琵琶湖の漁業権・通行権をにぎり、大いに栄えました。その、琵琶湖を行き交う堅田衆のことを、吉川英治氏が小説『新平家物語』の中で「湖賊」と呼びました。しかし「賊」はあんまりだということで「族」としたそうです。

光徳寺

真宗大谷派(東本願寺系)の古刹です。

堅田源兵衛

光徳寺は「堅田源兵衛の首」で知られます。

親鸞聖人の没後、浄土真宗は一時衰退しましたが、本願寺八代、蓮如上人が浄土真宗の復興につとめました。そのおかげで、近江全域で浄土真宗がさかんになりました。比叡山延暦寺は浄土真宗の発展を憎みました。寛正6年(1465)正月9日、延暦寺衆徒(僧兵)が、当時、東山大谷にあった本願寺に押し寄せ、焼き討ちにしました(寛正の法難)。

その時、蓮如上人は開祖親鸞聖人の御真影(等身大の木像)を護り、これを一時、大津の三井寺に預けて、ご自身は越前へ難を逃れました。15年後の文明12年(1480)山科に本願寺を再建するにおよび、蓮如上人は三井寺に御真影を返してほしいと申し出ました。

しかし。

三井寺は15年の間に親鸞聖人の御真影目当てで参拝客がふえています。一種の観光名物になっていました。それを今さら返すのは惜しい。そこで、

人間の生首を2つ持ってきたら返してやろうと難題をふっかけたといいます。

蓮如上人は困りました。さて光徳寺の門徒に源右衛門、源兵衛という漁師の父子がいました。これぞ阿弥陀如来の御恩に報いる時だと、息子の源兵衛が父源右衛門にわが首切ってくれと願います。

父源右衛門ももとより覚悟のことなれば、泣く泣く息子の首を切って、その首を三井寺に持っていって、さあ私の首もはねてくれと申し出る。

三井寺では源兵衛の殉教心に感じ入って、父源右衛門の首ははねず、御真影と首を返しました。その後、父源右衛門は諸国巡礼の旅に出て、備後国で没した。

…という話が伝わります。

境内には源兵衛の墓があり、本堂には源兵衛の首(ドクロ)が安置されています。

私が行ったのは夏の暑い日で、参拝客は私一人でしたが、住職さまがドクロの由来について丁寧に解説してくださいました。

本福寺

浄土真宗本願寺派(西本願寺系)の寺院で鎌倉時代正和年間(1312-17)の創建。

元禄3年(1690)9月、松尾芭蕉は大津義仲寺から船で堅田にわたり、本福寺の千那和上を訪れました。千那和上は本福寺11世住職で蕉門の俳人。また養子の角上も蕉門で、まだ10代の若者でした。この折、芭蕉は風邪を引いて10日間ほど滞在し、

病雁(びょうがん)の夜さむに落て旅ね哉

と詠みました。近江八景のひとつ「堅田の落雁」をふまえたものです。本福寺裏庭に句碑があります。

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先日新発売しました。ご好評をいただいています。ありがとうございます!

「昔、男ありけり」

全125段からなる、平安時代の歌物語。

旅から旅へわたりあるき、行く先々で恋をして、歌を詠む主人公。

その旅の果てに、なにを見出すのか?

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