こんばんは。左大臣光永です。いよいよ年の瀬、まさに年の瀬ですね。
いかがお過ごしでしょうか?
私は、月曜日に発送作業が一段落ついたら、実家に帰ります。
正月中も商品のご注文は承っておりますが、発送は3日以降となります。
さて、この12月は「百人一首 全首・全歌人 徹底解説」
https://sirdaizine.com/CD/Ogura100info.html
を発売し、多くのお買い上げをいただきました。
ほんとうにありがとうございます。
しばらくこの商品にあわせて、百人一首の話題をお届けしていきます。
本日は和泉式部の第五回「和泉式部 出仕する」です。
▼音声が再生されます▼
http://roudokus.com/mp3/Shikibu05.mp3
恋人・敦道親王が26歳の若さで亡くなってしまうと、
和泉式部は東三条南院を追い出されてしまいました。
敦道親王と和泉式部との間に生まれた2歳になったばかりの若宮は
館に留め置かれ、以後、乳母の手で養育されることとなります。
和泉式部は、まさに身一つで寒空の下に放り出されます。
父親からは勘当され、夫からは絶縁され、恋人は死んでしまい、
その上生まれたばかりのわが子とは引き離され…
失意の和泉式部。ただただ、途方に暮れます。
「これから一体…どうしたらいいんだろう。
宮様…宮様が恋しい…」
和泉式部は、亡き恋人に対する恋慕の思いを、
120首余りもの歌に残しています。
片敷きの袖は鏡とこほれども
影にも似たるものだにぞなき
(袖を片敷いて寝ている、私のその袖は涙に濡れて、
さらにその涙が凍りついて氷になっている。
氷なら鏡のようにあの人の姿が映ってもよいものを、
何も映らない)
黒髪の乱れも知らず打伏せば
先づ掻き遣りし人ぞ恋しき
(黒髪が乱れているのもお構いなしに伏していると、
髪を掻き揚げてくれたあの人のことが、何よりもまっさきに
思い出される)
みすぼらしい宿にさびしく暮らしはじめた和泉式部。
思い出すのは亡き恋人・敦道親王のことばかりでした。
「私にはもうどこにも行く場所がない。
そうだ。いっそ御仏に救いを求めよう」
しかし、人に相談したところ、「そんな、出家なんて
やめておきなさい」という答えでした。
「やめておきなさいっていわれも、私は出家したいんです!」
斯くばかり憂きを忍びて長らへば
これに増さりて物もこそ思へ
(こんなふうに悲しさをこらえて長生きしても
苦しいばかりです。いっそ世を捨てて出家したい)
だったら人に相談なんかしないで、
さっさと出家しちゃえばいいだけの話ですが、
なんとも、どうにも、煮え切らない和泉式部でした。
捨て果てんと思ふさへこそ悲しけれ
君に馴れにし我身と思へば
(身を捨てて出家しようと思うと、いよいよ悲しみがこみ上げるのです。
長いことあの人となじんできた、私のこの体だと思うと)
そうとう、迷っていました。
そんなある日、
実家・大江家から、和泉式部のもとに使いが来ます。
「式部さま、大江家にお戻りください。
お父さまは、式部さまのことを、とても心配しておられます。
どうか、大江家にお戻りください」
「大江家へ…?」
生まれ育った二条の大江家の暮らしが思い出されます。
大江家は、宮さまのお屋敷のような、立派なところでは
なかったけれど、正月には家族そろってお祝いして、
温かく、楽しいところだった。なつかしい。
老いた父は、母は、どうしているだろう。
そしてわが娘は。
いたたまれなくなった和泉式部は、数年ぶりに
大江家の門をくぐります。
「父上…なんとお詫び申し上げてよいのか…」
「…わしのことはよい。お前が謝らなければならない
相手は他におろう」
父がいうのは、式部の一人娘のことでした。
本名はわかっていませんが、
後に小式部内侍とよばれることになる式部の娘は、
母が出て行ってからというもの、祖父母の手で育てられ、
この時10歳くらい?になっていました。
「お前、母を許してくれるかい!」
「母上、ずっとお会いしとうございました」
ひしと抱き合う母と娘。
「お前は、自分がやったことが、わかっているのか
わが子を捨て、夫を裏切り、まわりにさんざん迷惑をかけたことを」
「はい父上。一生かけて償っていきたく思います」
「よし。藤原道長さまより中宮彰子(しょうし)さまのもとへ
出仕のお誘いをいただいている。受ける気はあるか?」
「中宮彰子さまのもとへ…」
藤原道長の長女・彰子は、長保元年(999年)
12歳で一条天皇の後宮に入内し、
翌年、正式なお后として「中宮」となっていました。
藤原道長は彰子に最高の教育をほどこすため、
彰子のまわりを才能豊かな女房たちで固めます。
紫式部、伊勢大輔(いせのたいふ)、
赤染衛門(あかぞめえもん)…
いずれもこの当時を代表する才英です。
そんなきらびやかな世界に入っていって、
私なんかが、つとまるのかしら。
よぎる不安。
しかし……
もうあんなドロドロした、
愛欲にまみれた世界はいやだ。
外に出て働くということは、
自分を変えるいい機会かもしれない。
「そうだ。出仕しよう」
寛弘6年(1009年)春、和泉式部は娘小式部とともに、
中宮彰子のもとに出仕します。
時に和泉式部35歳くらい。
この時、和泉式部を直接応対したのが、
すでに中宮彰子に仕えていた伊勢大輔(いせのたいふ)でした。
伊勢大輔は高階成順(たかしなのなりのぶ)の妻で、
父は伊勢神宮の神祇官、
祖父は『古今和歌集』の選者「梨壷の五人」の一人、
大中臣能宣(おおなかとみの よしのぶ)
という、生粋の歌人の家系です。
百人一首には61番
いにしへの奈良の都の八重桜
けふ九重に匂ひぬるかな
が採られています。
「和泉式部さま、かねてご高名はうかがっておりました。
ぜひ一度、お話したいと思っておりました」
「ご高名って…どうせ
ロクでもない噂ばかりでございましょう」
「とんでもございません!
和泉式部さまの歌についてです。
口をついて、自然に言葉が湧き出したような。
頭で考えただけの心の無い歌ではなくて、
式部さまの歌は心の底から、こみ上げてくる感じがあります。
それでいて、ちゃんと歌の形になっている…
どうすればあんな詠み方ができるのか!」
「……」
自分自身さえ気付かなかった自分の歌の良さを
あらためて指摘され、和泉式部は少しうれしくなります。
敦道親王の館で、侍女たちに
汚らわしいモノに接するように、さんざん冷たく扱われた、
あの頃に比べれば、ぜんぜん、今度は違いました。
その夜は、中宮彰子の御寝所のそばで、
和泉式部と伊勢大輔は夕方から明け方まで、
夜通し歌の話で盛り上がりました。
以後、和泉式部と伊勢大輔は心を許しあう友人同士となります。
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