桶狭間古戦場を歩く(ニ)丸根砦・鷲津砦・大高城・鳴海城

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こんにちは。左大臣光永です。

台風21号が猛威をふるってますね!お住まいのご地域は大丈夫でしょうか?午後19時現在、京都は雨がやみ、風おだやかですが、2時頃はすごかったです。外見ると、木の枝とか、ゴミ類が、飛びまくってました。恐ろしかったです。

さて本日は「桶狭間古戦場を歩く(ニ)」織田方の丸根砦・鷲津砦、今川方の大高城・鳴海城を歩きます。

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前回「桶狭間古戦場を歩く(一)」も、あわせてお聴きください。

桶狭間の合戦における松平元康(徳川家康)

桶狭間の合戦は、永禄3年(1560)5月19日、織田信長が今川義元を破った戦いです。

桶狭間の合戦

永禄3年(1560)5月12日、今川義元は駿河・遠江・三河の軍勢2万5000を率いて駿府を出発。17日、尾張沓懸城に入ります。

今川義元、沓掛城へ

さて今川軍の中に松平元康…後の徳川家康がいました。松平元康は8歳で今川の捕虜となり、20歳までの12年間を駿府に過ごしました。その間、今川の軍師・太原雪斎から兵法の手ほどきを受けたといいます。

5月18日、今川義元は朝比奈泰朝・松平元康(徳川家康)の別働隊を沓懸城から先発させます。その任務は丸根砦・鷲津砦への攻撃と、大高城への兵糧補給。

今川別働隊(朝比奈泰朝・松平元康)の動き

別働隊は桶狭間南の大高道を西に向かい、

大高道

その日のうちに丸根砦・鷲津砦を落とし、大高城への兵糧補給をすませました。

松平元康(徳川家康)は任務を為しとげると、大高城に陣を取り、人馬を休めました。

東海道本線大高(おおだか)駅、下車。

東海道本線大高駅

東口出てすぐに鷲津砦公園があります。

鷲津砦公園

永禄2年(1559)織田信長が今川方に寝返った大高城への牽制として鷲津砦・丸根砦を築きました。

鷲津砦・丸根砦

鷲津砦公園

永禄3年(1560)桶狭間合戦の緒戦で、織田秀敏・飯尾定宗(いいお さだむね)らが立てこもり、今川方別働隊・朝比奈泰能(あさひな やすよし)の攻撃を受けて全滅したと伝えられます。

登り口から3分で登れます。ごく小さな丘です。

丸根砦阯

鷲津砦から南に徒歩10分。約800メートル行った所に丸根砦跡があります。

丸根砦阯

丸根砦阯

永禄2年(1559)織田信長が大高城への牽制として鷲津砦とともに築きました。永禄3年(1560)桶狭間の合戦の時、佐久間盛重率いる軍勢が立てこもったが、松平元康軍と戦った後、全滅したと言われます。住宅街の中です。こんもり木々がしげっているので、遠くからもそれと知れます。山頂には「丸根砦戦殉難烈士之碑」が立ちます。

丸根砦 丸根砦戦殉難烈士之碑

丸根砦阯

ふたたび大高駅まで引き返し、今度は西口に出ます。

住宅街のはずれの細い道を抜けると、大高(おおだか)城の登り口です。

大高城阯

大高城阯

大高城は東西約106メートル、南北約32メートル。周囲を二重の堀が囲んでいました。永正年間(1504-21)に花井備中守が、その後、水野忠氏などが城主となりました。

永禄2年(1559)織田から今川に寝返った山口教継の調略で、今川方に寝返りました。信長は大高城への牽制として、鷲津砦・丸根砦を築きました。

鷲津砦・丸根砦

翌永禄3年(1560)桶狭間の合戦の時は、松平元康が大高城に兵糧補給をしました。しかし大将今川義元が討たれると、松平元康は三河に移り、大高城は廃城となりました。山頂は広々した野原になっています。

大高城阯

大高城阯

大高城主・花井備中守が鎌倉の鶴岡八幡宮を分霊したという八幡社が残ります。

大高城阯 八幡社

鳴海城阯

最後に鳴海城跡に向かいます。大高と鳴海は隣あっているのに、電車だとえらく遠回です。バスのほうがいいです。大高駅東からバスに乗って名鉄鳴海下車。

駅からほど近い高台の上にあるのが鳴海城公園です。江戸時代以前に、この一帯に鳴海城がありました。

鳴海城阯

応永年間(1394-1428)安原宗範が築城。桶狭間の合戦の前に、鳴海城主・山口教継が信長に背いて今川方の城となりました。今川にとって山口教継は勲功第一のはずですが、なぜか今川義元は山口教継を斬っています。

信長は鳴海城を牽制するために、善照寺砦・中島砦・丹下砦を築きました。

善照寺砦・中島砦・丹下砦

鳴海城阯

桶狭間の合戦の時は今川方猛将・岡部元信が鳴海城を守りました。岡部元信は今川義元討ち死にの後も最後まで立てこもって奮戦しました。

二日間にわたって桶狭間古戦場を歩きました。

桶狭間の古戦場は、有松・大高・鳴海の三駅にほぼ集中しているので、一日あれば回れます。地図を片手に、歩いてみるのはいかがでしょうか。

次回は嵯峨天龍寺を歩きます。お楽しみに。

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