和泉式部(九)歌で鹿の命を救う

こんにちは。左大臣光永です。
週末の午後、いかがお過ごしでしょうか。
これからますます寒くなってきますのでお互い
温かいものを食べて、体には気をつけましょう。

ところで
あなたのお住まいの地域には、鹿は住んでいますか?

私の故郷である熊本では、
阿蘇山の山奥に鹿がいるという話ですが、
実際に見たことはありません。

しかしこの正月は奈良の春日大社へ初詣に行ったので、
境内をのしのし歩く鹿が多くいて、
背中や頭をナデナデしてきました。

そのせいでしょうか、一月中は何度か
夢に鹿が出てきました。一度は夢の中でかみつかれました。

「ボクをバカだと思ってるだろうけど、
そんなこと、ないんだからな」

ガブッとやられました。

なかなか、鹿も考えてますね。

鹿を詠んだ歌でもっとも有名と
思われる歌は『万葉集』の舒明天皇の歌です。


http://roudokus.com/mp3/Shikibu09.mp3

夕されば 小倉の山に鳴く鹿は
今宵は鳴かず 寝ねにけらしも 舒明天皇

(夕方になると小倉の山に鳴く鹿は、
今夜は鳴かない。もう寝たらしいな)

この「小倉山」は京都の小倉山でなくて
奈良の小倉山です。

百人一首には、

奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
声聞く時ぞ秋は悲しき 猿丸大夫

(山奥に紅葉を踏み分けて歩いていくと、
鹿の声が聞こえてきた。なんと哀しげな声だろう)

世の中よ道こそなけれ思ひ入る
山の奥にも鹿ぞ鳴くなる 皇太后宮大夫俊成

(世の中は辛く悲しいものだ。逃れる道など無い。
一途に思いつめて山奥に逃れてみても、
悲しげな鹿の声がするようだなあ)

情感たっぷりに鹿の歌が採られています。

というわけで本日は、和泉式部の九回目。

「和泉式部 歌で鹿の命を救う」

です。

再婚相手の藤原保昌が丹後守に任じられると、
和泉式部も夫の後を追って任地丹後へ下ります。

嵐山から船に乗り、大堰川をさかのぼり、
亀岡あたりで陸に上がり、福知山を経て
普甲峠(ふこうとうげ)を越え、丹後に至ります。

そこは草深い山里です。

「ああ…こんな山里で、やっていけるのかしら。
はなやかな宮中が、なつかしい…」

いきなり初日から、宮中をなつかしがる和泉式部。

その上再婚相手の藤原保昌は和泉式部より20歳も
年上で、話があいません。式部ほどは風流の
心得もなく、式部は物足りないものを感じていました。

そのため夫への物足りなさから
宮中ではたくさんの恋人を作っていた和泉式部でしたが…

こんな山奥では、
満足に歌を取り交わせる相手も見つかりそうにありませんでした。

「はあ…都に帰りたい…」

そんなある晩。

夫藤原保昌は仲間を集めて明日の鹿狩りの準備をしていました。
館はワイワイとにぎわっていました。

しかし式部は部屋の奥に引きこもって、ぼんやと月を眺め
物思いにふけっていました。

そこへ、悲しげな鹿の声が響いてきます。

「ああ…」

思わず胸をおさえる和泉式部、いたたまれなくなって
侍女を呼び出します。

「ちょっと、あの人に、明日の狩はとりやめるように
言ってきてちょうだい」

「えっ…。それはどういう」

「いいから言ってきて!」

仕方なく侍女は主人である藤原保昌のもとに参って申し上げます。

「あのう、式部さまが、明日の狩はやめてほしいと
おっしゃっています」

「はっ?おいおい、お前何を言い出すんだ
こんなに仲間たちも集まっているんだよ」

藤原保昌は意味がわからず、すぐに妻の部屋に言って、
わけをたずねます。和泉式部は夫に切々とうったえます。

「あの声…あまりにも哀れじゃないですか。
明日は死ぬことを悟って、あんなにも、鹿が鳴くんですわ」

「鹿の声?ばかな。鹿にそんな感情などあるものか。
昔から馬と鹿はバカと決まっている。奴ら、何も考えちゃおらんよ」

しかし和泉式部は、夫のその雑な考えそのものに、
イラッとしました。

「そんなこと言ったって、かわいそうなものは
かわいそうです!とにかく、やめてください!
でないと、私はもう何も喋りません」

プイと向こうを向いてしまう和泉式部。

藤原保昌は、参ってしまいました。
やれやれ、感受性が強すぎるのも考えものだと頭をかかえます。

しかし妻がこうなった以上、どうやっても
言うことをきかないのは、わかっていました。

「まあ生き物をいつくしむお前の気持ちの
やさしさは、悪いものではない。そうだなあ。では、
お前は歌が得意だから、歌を詠んでおくれ。
よい歌が詠めたら、明日の狩は中止してやろうじゃないか」

「歌。そんな、殺生に関することを、歌で決めるなんて」

「おや、自信が無いのかな。天下の歌人とほまれ高い和泉式部が、
鹿の一つも歌に詠めぬとは。
これは都にもどってからの語り草になるわい」

「詠めないなんて言っていませんっ。
ただ、あなたにちゃんと歌の心が感じられるか、
そのことが心配です」

和泉式部が詠んだ歌、

ことはりやいかでか鹿の鳴かざらん
今宵ばかりの命と思へば

(鹿たちがこんなに鳴いているのも道理です。
今夜までの命だと、悟っているのです)

藤原保昌は静かに妻の句を繰り返してみます。

「ことはりやいかでか鹿の鳴かざらん
今宵ばかりの命と思へば…ううむ
なんとまっすぐな詠みっぷりだ」

技巧を散りばめた、難しい歌が
来ると予想していたのに、拍子抜けしました。

(これは子供にもわかるような歌ではないか…。
あっ、こいつもしかして)

和泉式部は、夫に歌の心得など無いことをよくわかっており、
無風流な夫にもわかるように、やさしい言葉で
歌を詠んだのでした。

(やられたっ)

夫はしかしバカにされたような気持ちはせず、
かえって妻の配慮に、しみじみと感じ入りました。

「わかった式部。明日の狩は中止にする」

「あなた!」

和泉式部 歌によって鹿の命を救うの
逸話です。

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