徒然草「インテリ系ダメ人間の悲劇」
こんにちは。左大臣光永です。日に日に暖かくなる中、いかがお過ごしでしょうか?
私は駅の高架線の上から、電車の屋根を見るのが好きです。ワクワクします。
パンタグラフとか、ふだん見えない構造が観察できるのも楽しいですが、何より、
電車の屋根の上で、悪人と、ヒーローが、銃撃戦をやってる。カカン、カンカンと駆けていく。そんな場面を、妄想できるのが、いいですね。
さて本日は、『徒然草』とからめて、「インテリ系ダメ人間の悲劇」という話です。
▼音声が再生されます▼
http://roudokus.com/mp3/Tsurezure188.mp3
「インテリ系ダメ人間?なんだそりゃ?」
そう思われる方もあるかと思います。初めて聞く言葉かもしれません。当然です。私が作った言葉ですので!
世にわかりやすいダメ人間っていますよね。
酒を飲んで暴力をふるう。ギャンブルで身を持ち崩して借金まみれであるとか。
しかし、こういう、いかにもわかりやすい「ダメ人間」とは別に、
物腰はおだやかで、話してみるといろいろなことに深い知識と考えを持っており、人に対しては基本優しくて、親切。ああいい人だなあと思われている。もちろん酒もギャンブルもやらない。
そういう人の中にも!
もう、どうしようもないダメ人間というものが存在します。
私はこれを「インテリ系ダメ人間」と呼んでいます。本日は『徒然草』とからめて、半ば愛すべき、半ば反面教師として、ああなっちゃいけないという鏡とすべき、インテリ系ダメ人間の生態について語っていきます。
先日のTAMA市民大学で行った講義の録音です。
或者、子を法師になして
或者、子を法師になして、「学問して因果(いんが)の理(ことわり)をも知り、説教などして世わたるたづきともせよ」と言ひければ、教へのままに、説教師にならんために、先(ま)づ馬に乗り習ひけり。輿(こし)・車は持たぬ身の、導師(どうし)に請(しょう)ぜられん時、馬など迎へにおこせたらんに、桃尻にて落ちなんは、心憂かるべしと思ひけり。次に、仏事ののち、酒などすすむる事あらんに。法師の無下(むげ)に能なきは、檀那(だんな)すさまじく思ふべしとて、早歌(そうか)といふことを習ひけり。二つのわざ、やうやう境に入りければ、いよいよよくしたく覚えて嗜みけるほどに、説教習ふべき隙(ひま)なくて、年寄りにけり。
この法師のみにもあらず、世間の人、なべてこの事あり。若き程は、諸事(しょじ)につけて、身を立て、大きなる道をも成(じょう)じ、能をもつき、学問をもせんと、行末久しくあらます事ども心にはかけながら、世を長閑(のどか)に思ひてうち怠りつつ、先(ま)づ、さしあたりたる目の前の事にのみまぎれて月日を送れば、ことごと成す事なくして、身は老いぬ。終(つい)に物の上手にもならず、思ひしやうに身をも持たず、悔ゆれども取り返さるる齢(よわい)ならねば、走りて坂を下る輪のごとくに衰へゆく。
されば、一生のうち、むねとあらまほしからん事の中に、いづれかまさるとよく思ひくらべて、第一の事を案じ定めて、その外は思ひ捨てて、一事をはげむべし。一日の中(うち)、一時の中(うち)にも、あまたのことの来たらんなかに、少しも益(やく)のまさらん事を営みて、その外をばうち捨てて、大事を急ぐべきなり。何方(いずかた)をも捨てじと心に執(と)り持ちては、一事も成るべからず。
【現代語訳】
ある者が、子を法師にして、「学問して因果の道理をも知り、説教などして生活の手段ともせよ」と言ったので、教えのままに、説教師になるために、まず馬に乗ることを習った。輿や車を持たない身で、仏事主催役の僧として招かれた時、馬などを迎えによこした場合、乗り方が下手で落馬しては心配だと思ったのだ。
次に、仏事の後、酒などすすめる事があるような場合、法師がまったく芸が無いのも、施主が興ざめに思うに違いないということで、早歌(そうか。当時東国を中心に流行った歌謡)を習った。
二つのわざが、だんだん熟練の境地に達したので、いよいようまくなりたく思って気合いを入れて稽古しているうちに、説教を習う暇がなくなり、年取ってしまった。
この法師に限ったことではない。世間の人は、おしなべてこういう事がある。若い時は、あらゆる物事について、立身出世をし、大きな事業を成し遂げ、技能も身につけ、学問もしようと、人生のずっと先までこうしたい、というさまざまな事を心にはかけながら、人生をのんびりしたものに思って怠っては、先ず、さしあたって目の前のことだけに紛れて月日を送れば、何事も成し遂げることはなく、身は老いてしまう。
結局、一芸にすぐれた者にもなれず、思ったように立身出世もできず、悔いても取返しのつく年齢ではなくなっているので、走って坂を下る車輪のように衰えゆくのだ。
であれば、一生のうち、特に望ましい事の中に、どれが勝っているかよく思い比べて、第一のことを心に決めて、その外は気持ちを捨てて、その一つの事だけを励むべきである。一日の中、一時の中にも、いろいろと為すべき用事が来る中に、少しでも有益である事を行って、その外の事を捨てて、大事を急ぐべきである。
あれもこれも捨てまいと心に執着していては、一つの事も成ることはなかろう。
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本日も左大臣光永がお話しました。ありがとうございます。ありがとうございました。











